おとづれ
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
十五夜の宵、新しい借家に一人でいる「わたし」のもとに、留守がちな夫から突然、客人を伴うとの速達が届く。予期せぬ来客に戸惑いながらも、せめてものおもてなしとして宇治の玉露と新栗饅頭を準備し、風情ある月見の設えを急ぐ。古びた家屋で一人、夜更けまで客を待ちわびる様子と、無事を知らせる手紙の裏にある夫の気まぐれな素顔を、静謐な秋の夜の空気感とともに綴る。
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十五夜の宵だつた。新らしい借家に移つてから、ちよつと一度歸つて來て、そそくさと徹夜で書物をして出ていつたままのあるじから、幾日ぶりかで二度目の速達便が來た。丁度其日の新聞に連載ものが休みになつてゐたので、どこぞで病氣でもしてゐるのではないかと案じてゐたところなので、居所不明の手紙でもなんでも、無事だつたといふことが氣持ちを輕くさせてくれた。
例の通り、おわびやら、でたらめの改心やらを誓つた、歸宅の通知状だらうとは思つたが、このごろはそれさへあてにならない事が多いので、ただ無事だといふ知らせだけに、上書を見ただけですみさうな氣がした。中味はあんまりあてにすると失望させられるのを恐れて、すぐ見る氣にもなれかつた。
でも矢つぱりわたしは正直ものである。今の世に、正直とは、ばかといふ意味だとばかりに笑はれもするが、笑はれてもわたしは、笑ふものより幸福であるといつも思つてゐる。しかし、手紙をよむをりは、そんなことなど氣にも思ひはしなかつた。
おとづれは、中秋望月の夜にふさはしい風流なものであつた。
今夜、玉露をいただきに、SとNが、ことによると立よりたいさうです。とにかくはなれの準備だけねがひます。
それを讀むと、ああ居てよかつたと思つた。鶴見の家の縁に、葡萄や栗をお三寶に盛りあげて待つであらう老母のことを思ふと、今朝の空のやうに晴れしぶつてゐたのであつたが、何時留守に歸つて不自由をかけてもすまないと、このごろの留守居ぐせが習慣になつて、あの激しかつた暴風雨のあとの見舞にも行つて見なかつたのが、まづ役にたつたと思つた。
新居とはいへ、他人の住み古した古い古い家である。ただ疊の新しいだけがおもてなしでもあらうか、それに月は雲をきれてくまなくさしてゐる。我庭はせまいが塀のむかふには他家の廣庭がある。枝さしかはした影は我ものも同樣なので富んだものである。
山本の玉潤はきらしたが、宇治からもつて歸つた玉露が幸に味が逃げないである。土地に馴れず買ふ家も知らないので、總家鹽瀬の新栗むしをただひとつのおもてなしにと鉢に盛る。折よく竹生島の竹の菓子箸の新しいのがあつたのが嬉しかつた。