日記
本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
戦争末期から終戦直後の激動期、著者が東京と地方を往復しつつ体験した日々を綴る。戦時中の混迷、空襲による生活の荒廃、敗戦に伴う社会の変化を日記形式で克明に記録し、家族や周囲の人々の困窮する姿や、日常が瓦解する様を描く。また、戦後の文芸活動を見据えた批評への意欲や、移動中の車内で遭遇する人々の沈鬱な表情を通じて、時代の転換点に立つ日本の社会風景と個人の精神的軌跡を多角的に収める。
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一月二日(火曜) 寿江子と二人。第一信。
一月三日 小川さんの家へ午後から。坂西という人。「アメリカ発達史」以後一九二九―一九三五以後、ニューディールから今回大戦までの大略の話をきき面白く思った。自分の力で何ものかをなして其を又すっかり失い又つくり直そうとする位の女の据ったところがある。大宜味にしろ。Jさんは、自分の弱さを知らなすぎる。
一月十一日 ユリ子さーんと二階へ上って来た声は房子なり、まさか、と思う、が、本当だった。いつ来たのさ! いまついたところよ
一月十四日 馬崎をよんで奥を片づけているところへ菅谷来。人がないとのこと。じゃあ、この人を、と馬崎をやり、早速ワードローヴ・タンスなどもちこんだ。なかなか決断がよくてっとり早い。
一月十五日 朝から荷を運び、義父も来て手伝っている。夕刻終る。
「もう今夜からこちらでねさせて貰います」
実にあっさりしている。カレーライスをこしらえて皆でたべる。
一月十八日 ふさ子が朝九時で立つというので皆で朝飯をたべ、寿送ってゆく。自分巣鴨へゆく時間が中途になったので、やめて、寿の家を見かたがた一緒に鷺の宮へ行く。そして、十二月二十八日以来風呂に入る。三度も四度も出入りしてゆっくり入る。実にいいこころもち、そして夕飯をたべ。九時頃気をもむのに寿いうことをきかず。駒込で下りたらもう市電なし(十時で終り)又日暮里まで。歩いて帰る。
S千葉の物価と危険とのために東京暮しを思い立って来ている。ぐらぐらしているので菅谷が来ても帰ろうとせず、時々疳が立つ。早く帰ってほしいと。しかし哀れでもあって辛棒する。どうしてそう疳にさわるところのある性質なのか。大成しにくい。大成に必要な一筋さがない。
一月十九日 巣鴨、
一月二十日 山崎へ速達
開成山へ速達
くすり送ってくれと来る。当分帰らぬつもりとよめた。
一月二十一日 この数日来夜警報が出ない。大阪、高知、その他へ八十位来てはいるが。不親切ものの親切のようであとのこわいことお話にならず。きょうから一週間月番。