すみれ
本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
深い山奥で一人暮らす音吉じいさんは、孤独な日々に耐えかねて町に住む息子の元へ行く決意をする。出発直前、庭に咲く小さなすみれに目を留めたじいさんは、その姿に心を動かされ旅立ちを躊躇うようになる。すみれと心を通わせる中で、与えられた環境で懸命に美しく咲き続けようとするその健気な姿と、小さな体で広大な空や星々を見つめて幸福を感じる言葉に触れたじいさんは、町へ出る考えを捨て、山での暮らしを続けることを選ぶ。
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昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人ありますけれども、遠く離れた町へ働きに出て居りますので、時々手紙の便りがあるくらいなもので、顔を見ることも出来ません。じいさんはほんとうに侘しいその日その日を送って居りました。
こんな人里はなれた山の中ですから、通る人もなく、昼間でも時々ふくろうの声が聞えたりする程でした。取り分け淋しいのは、お日様がとっぷりと西のお山に沈んでしまって、真っ黒い風が木の葉を鳴かせる暗い夜です。じいさんがじっと囲炉裏の横に坐っていると、遠くの峠のあたりから、ぞうっと肌が寒くなるような狼の声が聞えて来たりするのでした。
そんな時じいさんは、静かに、囲炉裏に掌をかざしながら、亡くなったおばあさんのことや、遠い町にいる息子のことを考えては、たった一人の自分が、悲しくなるのでした。
おばあさんが生きていた時分は、二人で息子のことを語り合って、お互に慰め合うことも出来ましたけれど、今ではそれも出来ませんでした。
来る日も来る日も何の楽しみもない淋しい日ばかりで、じいさんはだんだん山の中に住むのが嫌になって来ました。
「ああ嫌だ嫌だ。もうこんな一人ぼっちの暮しは嫌になった。」
そう言っては今まで何よりも好きであった仕事にも手がつかないのでした。
そして、或日のこと、じいさんは膝をたたきながら
「そうだ! そうだ! わしは町へ行こう。町には電車だって汽車だって、まだ見たこともない自動車だってあるんだ。それから舌のとろけるような、おいしいお菓子だってあるに違いない。そうだそうだ! 町の息子の所へ行こう。」
じいさんはそう決心しました。
「こんなすてきなことに、わしはどうして、今まで気がつかなかったのだろう。」
そう言いながら、じいさんは早速町へ行く支度に取りかかりました。ところが、その時庭の片すみで、しょんぼりと咲いている、小さなすみれの花がじいさんの眼に映りました。
「おや。」