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TORENDIA

発病

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

四月の春先、著者は突然の眼の充血や身体の不調から自身の癩病の発病を自覚する。麻痺の発見や眉毛の脱落を経て皮膚科専門医を訪ね、診断が確定した際、冷静さを装いながらも激しい孤独感と絶望に直面する。本作は、病を受け入れる過程で湧き上がる「生きる意志」と「どこかへ行きたい」という吐露の狭間で、苦痛から逃避せず正面から向き合い自身の道を探ろうとする葛藤の記録を綴る。

北條民雄

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🎧 発病 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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いつたいに慢性病はどの病気でも春先から梅雨期へかけて最も悪化する傾向がある。結核などはその著しい例であらうと思ふが、癩もやはりさうで、この頃になるとそれまで抜けなかつた頭髪が急に抜け始めたり、視力が弱つて眼がだんだんかすんだり充血したりする。私もこの春突然充血した眼が、いまだに良くならないでゐる。勿論その頃に較べるとずつと良くなつたし、それに秋がもう始まつてゐるのでだんだん良くなつて行きつつあるが、それでも一度充血するともう完全な恢復は不可能である。それ以来ずつと視力が衰へて、夜などちよつと無理をして本を読み過ぎたりすると、翌日は一日中じくじくと眼の中が痛む。何かひどくしみる薬液――たとへば硝酸銀――をさされたやうで、黒い眼鏡でも掛けない限り、明るい屋外を歩くことが出来ないくらゐである。まことにそれは憂鬱なものである。

だから、癩の発病も定つて春さきで、秋や冬に発病したといふのは非常に少い。私が発病したのもやはり春、四月頃だつたと記憶してゐる。発病とは無論自覚症状を言ふのであつて、それまでには病勢は相当進んでをり、彼等は長い潜伏期のうちに十分の準備工作を進めて居るのである。

自覚症状に達する前一ヶ年くらゐ、私は神経衰弱を患つて田舎でぶらぶら遊んでゐたが、今から考へて見るとそれは既に発病の前兆だつたのである。変に体の調子が悪く、何をやるのも大儀で、頭は常に重く、時には鈍い痛みを覚えた。極端に気が短くなつて、ちよつとしたことにも腹が立つて、誰とでも口論をしたものであつた。

それでゐて顔色は非常に良く、健康そのもののやうだと人に言はれた。両方の頬つぺたが日焼けしたやうにぽうと赧らんで、鏡など見ると、成程これは健康さうだと自分でも驚いたくらゐであつた。従姉などに会ふと、お前は何を食つてそんなに顔色が良くなつたのか、神経衰弱なんてうそついてゐるのだらうと言はれた。そしてこれが、やがて来るべき真暗な夜を前にして、ぱつと花やぐ夕映えのやうなものであらうとは、私は無論知らなかつた。

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