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TORENDIA

柊の垣のうちから

本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

重い病を患う青年が、柊の垣に囲まれた療養所へ入院する。自身の体内に潜む死と戦いながら、同じ病を抱える人々や死にゆく友人の姿を見つめ、人間としての苦悩を綴る。外面が変容しても残る個性や、死を選ぶことの愚劣さを考察し、社会から隔絶されたこの場所で、ただひたすらに生きるために耐え抜く姿勢を記す。執筆という行為を通じ、自己の苦しみや喜悦を他者に分かち合いたいという切実な願いと、逃れられない運命を冷徹に見つめる内面を描き出す。

北條民雄

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序

心の中に色々な苦しいことや悩しいことが生じた場合、人は誰でもその苦しみや懊悩を他人に打明け、理解されたいといふ激しい慾望を覚えるのではないだらうか? そして内心の苦しみが激しければ激しいほど、深ければ深いほど、その慾望はひとしほ熾烈なものとなり、時としてはもはや自分の気持は絶対に他人に伝へることは不可能だと思はれ、そのために苛立ち焦燥し、遂には眼に見える樹木や草花やその他一切のものに向つてどなり泣き喚いてみたくすらなるのではあるまいか? 少くとも私の経験ではさうであつた。

或はまた、かうした苦悩の場合のみではなく、反対に心の中が満ち溢れ、幸福と平和とに浮き立つ時も、やはりその喜悦を人に語り共感されたい慾望を覚えるであらう。そしてその喜悦を語り得る相手を自己の周囲に有たぬ場合、それは往々かへつて悲しみと変じ、孤独の意識となつて自らを虐げさへもするのではあるまいか。多分あなたにもその経験はおありのことであらう、もしあなたが真実の苦しみに出合つた方であるならば……。そして私がこのやうなものを書かねばゐられぬ気持を解いて下さるであらう。

とは言ひながら、私は自分の私生活を語るに際して、多くの努力と勇気とを必要とする。先づ第一にかやうな手紙を書くことの嫌悪、それから自己侮蔑の感情、即ちこのやうなつまらぬ私生活を社会に投げ出してそれが何になる、お前個人のくだらぬ苦悩や喜悦が社会にとつて問題たり得るのか、お前は単に一匹の二十日鼠、或は毛の生えた虱にすぎないではないか、社会が個人にとつて問題であるならば個人は社会にとつて問題だと信じるのか? しかしさやうな信念は十八世紀の夢に過ぎないのだ――等々と戦はねばならないのである。この場合私の武器とする唯一つのものは愛情、もし愛情といふ言葉がてれ臭いならば共感でもよい、私は私の中にある、誰かに共感されたい、といふ慾求を信じる。

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