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TORENDIA

京のその頃

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代の京都を舞台に、著者が自身の幼少期から娘時代にかけて見聞きした町や人々の姿を綴る。四条通り周辺で営まれていた紅屋の様子や、評判の娘たちの舞、地唄の音色、祇園祭の情景など、かつての京の佇まいを描く。電灯や自動車のない静かな町中で、人々の装いや髪型にまで古き良き徳川時代の面影が残る日常を回想し、消えゆく京の風情と失われゆく美意識への懐古の情を込めて描く一編である。

上村松園

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🎧 京のその頃 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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私は京の四条通りの、今、万養軒という洋食屋になってるところにあった家で生まれた。今でこそあの辺は京の真中になって賑やかなものだが、ようやく物心ついた頃のあの辺を思い出すと、ほとんど見当もつかない程の変りようだ。

東洞院と高倉との間、今取引所のあるところ、あすこは薩摩屋敷と言ったが、御維新の鉄砲焼の後、表通りには家が建て詰っても裏手はまだその儘で、私の八つ九つ頃はあの辺は芒の生えた原ッぱだった。

万養軒の筋向うあたり、今八方堂という骨董屋さんのある家に、小町紅という紅屋さんがあった。今でも小町紅は残ってるが、その頃の小町紅は盛んなものだった。

その頃の紅は茶碗の内側に刷いて売ったもので、町の娘さん達はてんでに茶碗を持って刷いて貰いに行った。その紅を刷いてくれる人が、いつも美しい女の人だった。

むくつけな男がいかつい手つきで刷いたのでは、どうも紅を刷くという感じが出ない。小町紅ではお嫁さんや娘さんや、絶えず若い美しい女の人がいて、割れ葱に結って緋もみの裂で髷を包んだりして、それが帳場に坐っていて、お客さんが来ると器用な手つきで紅を茶碗に刷いていた。そうしたお客さんが又、大抵みな若い女の人達なので、小町紅というと何とも言えない懐かしい思い出がつきまとう気がする。

この頃の口紅というと、西洋から来たのだろうが棒になってるのだが、昔のは茶碗の内らに玉虫色に刷いてあるのを、小さな紅筆で溶いてつけたものだった。つけ方だって、この頃では上唇も下唇も一様に真ッ赤いけにつけてしまって、女だてらに生血でも啜ったようになってるのを喜んでる風があるが、あれなども西洋かぶれすぎると思う。

紅は矢ッ張り、上唇には薄紅く下唇を濃く玉虫色にしたところに何とも言えない床しい風情がある。そんな紅のつけ方など時たま舞妓などに見るくらいになってしまった。口許の美しさなど、この頃では京の女の人から消えてしまってると言いたい。

あの辺を奈良物町と言った。

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