縮図帖
本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
絵画の習得の過程で描き溜めた数々の模写や写生について綴る。作者は絵の修行の初期から矢立てと筆を用いて、古画や能面など優れた作品を貪欲に写し取ってきた。苦労して筆を動かすことで原画の記憶を鮮明に焼き付け、自身の技術の向上にも繋げている。何冊にも及ぶ縮図帖は、制作の記録であると同時に生命に等しいほど大切な存在であり、火災の危機が迫った際にも命の次に守ろうとするなど、画業への情熱と執念が深く刻まれている。
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縮図は絵の習いたてからとっており、今でも博物館あたりへ通って縮図して来ることがある。
そろそろ絵を習いはじめた頃、松年先生、百年先生の古画の縮図をみてはそれをその通り模縮写させていただいたものである。
その時分展覧会があるごとに、どんな場合でも矢立てと縮図帖とは忘れずに携えていっては沢山の縮図をしてきたものだ。
花鳥、山水、絵巻物の一部分、能面、風俗に関する特別の出品物まで、いいなと思ったものはどしどし貪欲なまでにことごとく写しとったものである。
縮図帖に用うる紙は一定していないが、なるべく庵つきのよいものを選んで綴じ合わせて用いた。近頃はうすい硫酸紙で描いているが、これだと裏表両面の使用が可能で花など写生するのには便利がいい。
今の若い人たちは鉛筆で縮図の勉強をやっているが、私は使いなれたせいか矢立てと筆の方が描きやすい、習慣でそうなったのであろう。
絵というものは最後は筆でかかねばならぬもの故、縮図したりスケッチしたりする場合でも常に筆をつかっていると、筆の線もそれだけうまくなるわけで、鉛筆でするよりは修業になるのではなかろうかと思われる。
ペン字をかいている人が毛筆に拙ないのと同じように――。
現在手許にある私の縮図帖は三、四十冊ぐらい。一冊ごとの枚数、厚さというものもべつに定めていないから大そう部厚いものから極く薄っぺらなものまで雑多である。だからして格好もさまざまで、竪横いろいろの大きさになっている。
しかしそれぞれ縮図写生した日付が記してあるから、それからいろいろ自分が筆を労したあとが偲ばれて非常になつかしく、どんなに年数が経っても縮図帖さえひらけばそのときどきのことどもが想い出されて懐かしいものである。
あああの絵は……そうだ、あそこの大きい縮図帖のどの辺に閉じてあるはずだ、と実に微細な点に至るまで明瞭に記憶されている。
縮図した絵の原図は、その縮図をひらいて見さえすればすぐに憶い出せる、頭のなかにはっきりと描写し得る。これは苦労しているからである。