東京に生れて
本文約3,500字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
大東京の発展を愛する著者が、この近代都市における自然と人工の調和について論じる。かつての江戸の面影を残す樹木や地形を公園として保存し、後代へ伝えることの重要性を説く。また、宮城周辺の美しい風景や、欧米風建築と対比される日本独自の建築様式を取り入れた街づくりのあり方を提唱し、急速に膨張する都市の中で、東京というアジアの首都が持つべき真の特色と風貌について考察を綴る。
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大東京の魅力に引かれ、すつかり心醉しながら、郷里の風光に思ひのおよぼすときになると、東京をみそくそにけなしつける人がある。どうもそんな時はしかたがないから、默つて、おこがましいが、土地ツ子の代表なやうに拜聽してゐる。
大震災のあとであつた、ある劇作家が言つた。
「東京つて、起伏をもつてゐる好いところだ。昔は、さぞ好い景色だつたらう。」
言葉は違ふかもしれないが、さういふ意味だつた。私も同感の微笑を送つた。
もとより褒めたのは、江戸開府以前の武藏野の原のつづきの、廣大な眺めを思つたのであつたらう。それは雄渾でもあれば、また優しく明美でもあつたのだ。富士は何處からも見られ、秩父や、箱根の連山は遠く、欅の巨樹のつらなる丘の裾は、多摩や荒川の清流が貫ぬき、月は、草よりいでて草に入る、はては、ささら波の寄せる海となり、安房上總は翠波と浮んで、一方下總の洲は、蘆荻が手招ぎしてゐる。
が、その太古のままの姿が、蝕つくひのやうに、小市街の群立しなかつたところに、江戸の好さはある。その草を敷き伏せ、まだせましとして、海のなかまで埋めて住んだ、江戸當初の者は大變進出的だ。彼等は安心な高臺の方に、巨樹を薙ぎ倒して住まはずに、海のなかの方へ、外へ外へとむかつて進出してゐる。その、荒つぽさが新興都市江戸の生命だつたのだ。
その、進取的な都會が、大日本帝都になつたのだから、展びるだけはのびて、ずつと後の方の丘も平らされてゐる。眞に目ざましい發展だ。そして、まだ發展過程にある、ちぐはぐなところを見ると、東京の釀しいだす魅力を愛すれば愛するものほど、ちよいと惡口が言ひたくなるのであらう。不足も述べたくなるのであらうが、その不足が歐米の何層樓かの建築物などをもつて來て、人工的なものにくらべないで、自分たちの郷里のものに引きくらべるところが、實に、實に、好い人たち、大きくいへば、日本の根の人たち、大東京を建設る人たちなのだ。