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TORENDIA

夏の夜

本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

六十年ぶりの猛暑が続く夏、袋小路の二階で病人の看護をする語り手は、夜更けに聞こえる市井の人々の声に耳を澄ませる。それはまるで源氏物語が描く夕顔の宿のような、飾らない生活の断片だった。翌年の夏、病から回復した三上於菟吉の元へ春子画嬢が訪ねてくる。三人は条虫の笑い話や、知人から預かった鰐の剥製、そして南洋の異国情緒溢れる見聞録を語り合い、暑い夜を和やかに過ごす。

長谷川時雨

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🎧 夏の夜 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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暗い窓から

地球が吸ひよせる雨――そんなふうな降りだ。

六十年ぶりだといふ暑熱に、苦しみ通した街は、更けてからの雷雨に、なにもかもがぐつすりと濡れて、知らずに眠つてゐる人も快げだ。

叩きつける雨の勢ひは、遮るものにあたつて彈きかへされ、白い霧になつてゐる。木の葉は――青桐の廣葉は、獅子がたてがみをふつてゐるやうに、葉を立てて、バリバリと、貪焚に、雨にぶつかつてゐる。

私は、硝子窓を細く細くあけ、口をあけて繁吹きと一緒に涼氣を吸ひ込んだ。十分にといひたいが、長くはあけてゐられないのは次の間に病む人がゐる。

私が、肘かけ窓の柱に凭れて、一人所在なく起きてゐる二階は、細い、長い袋小路の中ごろで、丁字路の一方の角の家なのだが、袋町といふ名の通り、この角で行止りに見えるほど、行儀わるくくひちがひになつてゐる。その出つぱつた角の、小はづかしいほどあからさまな家なのだ。

小ブルヂヨア町なのに、その、くひちがひの一角だけが謙遜な平家建ばかりで、斜向ひの角家は、表側に引窓をもつやうな舊式な長屋だ。それを見くだすやうに、こんくりーとの石段を入口に三段ばかりもつて、何處もかもガラス戸で、安普請のくせに傲然と他の二角を見下してゐる、現代式の貸家だつた。

夜の看護にあたる私は、明けやすい夜を、ただ、まじまじとして幾日か過ぎてゐた。カーテンの透きから、時折外氣を求めはしたが、露じめりもない乾ききつた夜ばかりつづいてゐたのだつた。

――何時の間にか、雨はあがつた。青い光が硝子戸ごしにカーテンに明暗する。濕氣が病人にあたらない方の小窓へいつて見ると、一氣に夏が押流されてしまつたやうな高い空に、眞新しい月が出てゐて、月の面前を、薄墨雲が、荒々しいほどドンドン走りすぎてゆくのだ。

もうやがて、いつもならば、寢苦しがる家の戸が繰りあけられるに近い時刻なのだが、しつぽりと世間は寢しづまつてゐる。曉方になると、せまい家の中から、寢間着のまま出て來ては、電柱に恁りかかつて、うつらうつら眠る角の平家の少女も、蚊帳のなかに手足を伸ばしてゐるのだらう。

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