洲崎の印象
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
東京の洲崎を訪れた著者は、吉原や新宿とは異なる、この地特有の物憂く陰鬱な色街の佇まいに強い印象を受ける。本書は、その夜の街の景色や古風な門柱の細工、廓内の碁盤目状の道筋、さらにかつて海を埋め立てて造成されたこの土地の歴史や名残りを辿りながら、都会のなかに取り残されたかのような特殊な空間としての洲崎の風情と、そこから漂うニヒリズムを綴る随筆である。
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東京の中は何処も大抵知つてゐるつもりでゐたけれども、燈台もと暗し、洲崎をろくに知らずにゐたことを最近になつて気が付いた。その洲崎へ行つて見て初めて、こんな特殊なところを、今まで殆んど知らずにゐたかと、迂遠に心付いたわけだ。
――尤も洲崎の概念なり地形等々は子供の頃から聞きおぼえてよく知つてゐる。洲崎と云へば津浪、大八幡楼、広重の絵の十万坪(名所江戸百景の内)と、よく知つてゐる。写生画では小林清親や井上安治の木版画でその昔の有様をとうからなじみだし……却つてその為めに、今日まで実体は知らずにゐても気に留めずにゐたものだらう。地域のせゐでアヴァンテュールには縁無く過ぎた土地だ。
二三日前八丁堀まで写生の用があつて行つた序でに、そろそろ日の暮れ方であつたが、思ひ立つて洲崎まで足をのばして見た。そして車を「こゝが遊廓の入口だ」といふところで下りて見ると、相当幅の広い橋があつて、俄然としてその先きの行手に娼家の一劃が展ける。通りの真中に打渡したコンクリートの道幅が大層広く、その両側の、娼家の造りをした家並みが、また大層低く比較的暗い。そのくせ惻々として町全体に物憂いやうな、打つちやりはなしたやうな、無言のエロティシズムが充満してゐる。それが吉原や新宿あたりのやうにぱつとしたものでないだけ――丁度空も暗くどんよりとした日の、この町にはそれが誂へ向きのバックだらう――一層陰々として真実めいた色街の景色だつた。
これが第一印象だつたのである。
洲崎の大門であらう。別に門の体裁は成してゐないけれども、とに角大門と称し得る標識塔がそこに左右一対に建つてゐて、鋳物であるが古風な、先づその右手の塔の表面に浮彫の文字がかなりの大字で「花迎喜気皆知笑」としてある。いふまでもなく左手の方とつゞいて一聯を成すものに違ひない。道路をわたつて左手へ行つて見ると果して、「鳥識歓心無解歌」としてあつた。裏面を見ると「明治四十一年十二月建」と打出してある。
洲崎遊廓門柱