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TORENDIA

豆自傳

本文約500字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

四歳の時の火事による記憶喪失の体験から始まり、青年期の文学的交流や創作活動の軌跡を綴る。病により療養生活を送る中で綴られた本稿は、特定の少女との出会いと婚約、そしてその後の結婚に至るまでの私生活と、軽井沢や信濃追分といった地での静かな暮らしぶりを回想し、自身の半生を辿る自伝的な内容となっている。

堀辰雄

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🎧 豆自傳 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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私が四歳の五月の節句のとき、隣家から發した火事のために、私の五月幟も五月人形もみんな燒けてしまつた。その火事の恐怖が、私に甚だ強い衝動を與へたため、それまでのすべてのいろいろな記憶が、跡かたもなく消えてしまつたらしい。幼年時代に取材した作品は、「幼年時代」「三つの插話」「花を持てる女」などに書いた。昭和二年、二十四歳の時、「ルウベンスの僞畫」の初稿が出來た。二十七の秋、「聖家族」を脱稿後喀血して、翌年の春まで、向島の家で寢て、それから夏まで信州の富士見高原にゐた。八月輕井澤へいつて「恢復期」を執筆した。私はそれより前、一高在學中から、室生犀星、萩原朔太郎、芥川龍之介の諸氏を識り、その頃から、佐藤春夫氏の作品及びその人柄を愛してゐた。

昭和八年の夏、輕井澤で一人の少女とめぐり會ひ、翌年の夏の末、その病める少女と婚約した。しかしその年の冬に、少女は富士見の療養所で、短かな生涯を終つた。昭和十三年、三十五歳の時、前年の夏信濃追分で知合つた一女性と鎌倉で結婚し、居を輕井澤に定めた。今私は信濃追分の假寓にゐる。この淺間の麓で、病を養ふやうになつてから、既に五年の歳月を過し、又凍雪の冬を迎へようとしてゐる。

完

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