手紙
本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
野田君という病床の友人へ宛てられたこの手紙は、作者自身の混乱した心境と、小林という人物が著した作品『オフェリヤ遺文』に対する深い思索を綴る。作者は小林が自己とは異なる他人の中に自分を投影させ、執筆を通じて自らの内面的な悪魔を振り払おうとした野心的な試みを分析する。小林が執筆に込めた動機や、創作の過程で突き当たった困難、そしてその作品が読み手に与える得体の知れない力について、率直な批評を交えながら考察を深めていく。
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野田君
また惡いさうだね。だから言はないこつちやない。ぢつと寢てゐたまへ。病氣はこつちで辛抱強く馴らしてやるがいいんだ。一度馴れてしまつたら、こんなに可愛い奴はない。
池谷さんが死んだんでこれからお葬式に行くところだ。時間が半端なので、いまコロンバンで、珈琲をのみながら、この手紙を書いてゐるんだ。
前から君に「オフェリヤ遺文」のことを何か書けと言はれてゐるので、何か書かう書かうと思つてゐたが、この頃僕は非常に混亂した氣持でゐるんだ。それで、「オフェリヤ遺文」を書きながら小林が行つてゐたやうな、あんな遠いところまで、とても今の僕にはついて行けさうもない。
しかし今度「オフェリヤ遺文」を讀み直して、いままでとは全然異つた興味をもつて僕はこの作品を眺め出してゐる。どんな興味かといへば――簡單に言つてしまふと、僕は今度こんなアムビシァスな作品が書いて見たくなつてゐるんだ。
これは小林の私小説であると同時に、自分とはまるで異つた他人の中に自分を生かさうとした小説ではないかしらん。さうしてさういふ底の小説を書いた小林の氣持が三年もかかつて漸つと僕に解りかけてきたやうな氣がする。
これは小林の「エグモント」だつたんだ。僕は最近ゲエテの「エグモント」を讀んだが、あれを書いたゲエテの氣持が非常によく解つた。「ゲエテはデモンに憑かれてリリイとの戀に落ちた。もしその戀を遂げてしまつたら、ゲエテは自滅する他はなかつたらう。しかしゲエテはその一歩手前に踏み止つて、それと同じ道を最後の一歩まで行つて自滅するエグモントを書いて自分自身を救つた。」たしか鴎外がゲエテ傳の中でそんなことを書いてゐたと覺えてゐる。
恐らく小林がオフェリヤを書きたかつたのはそれと同じ氣持だつたんではないかと思ふ。デモンに憑かれた小林にはそれをふり落すためには、一人のオフェリヤを書くことが絶對に必要だつたんだ。