炉辺
本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
木曾の藪原や戸隠を旅した著者が、かつて訪れた宿の炉辺で思いを馳せるのは、詩人・津村信夫の姿である。藪原では宿の娘から津村の名を聞き、戸隠では坊の主人が語る津村との思い出や、その炉辺で過ごした情景を耳にする。著者は、直接見たわけではないが自身の心に鮮やかに残る、二つの炉辺での津村の姿を綴る。本書は、旅先での記憶と追憶を通して、今は亡き友人との縁やその面影を深く静かに描き出している。
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一
数年まへの春、木曾へ旅したときのこと。落ちつく先は、奈良井にしようか、藪原にしようか、とちよつと気迷つたのち、――まづ、鳥居峠を越えて、藪原までいつてみた。いい旅籠でもあつたら、とおもひながら、お六櫛などをひさいでゐる老舗などのある、古い家並みの間をいいかげん歩いて、殆どもうその宿を出はづれようとしたとき、一軒、それを見るなり矢張あつたな、とおもつたやうな、昔なつかしい家作りの、小さな旅籠があつた。
其の夜の泊りは其処にきめて、ともかくも、その宿のはづれまでいつてみた。すぐもうその先きは鳥居峠にさしかかるらしい、その宿はづれには、一本の大きな梨の木が立つてゐた。その花ざかりの木を前景にして、そこから見下ろされるまだ春浅い谷間を、私はいかにも此処まで来たかひのあつたやうな気がしながら、しばらく眺めてゐた……。
夜、うすぐらい炉辺で、その宿の娘が串にさした川魚を焼いてゐた。その傍へいつて、私もその炉の火にあたらして貰つた。その魚の名を聞いてみたが、なんだか覚えにくい名で、私はすぐ忘れた。もつとも、つまらない魚です、と娘も云ふには云つてゐたが……。そのかはり、秋、鶫のとれる時分に是非いらしつて下さい。その時分には、よく東京のお方がお見えになります、といふ。
「ものなど書く人もたまには来ますか?」と私はきいてみた。
「はい、いろんなお方が……」娘はいたつて口数が少ない。そこで私はもう一度きく。
「どんな人?」娘はちよつと考へてゐたが、まづ一番さきに、「津村信夫さん……」といつた。
私はおもはずにつこりとした。――実はさつきから、私も、こんな話を宿の人たちと交はしながら、こんな煤ぼけた炉のまへに胡坐をかいてゐるのは、自分なんぞではなくて、津村信夫だつたらさぞ似合ふだらうに、と思ひ描いてゐたところだつたのだ。……
二
去年の秋のはじめ、戸隠へゆく途中、私のところに立ちよつていつてくれた津村信夫と、わかれぎはに約束した。
「こんどはきつと往くからね。十日ごろまではゐるの?」
「是非いらしつて下さい。戸隠もこれからはいいですよ」