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TORENDIA

晩夏

本文約13,100字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

夏を過ごした軽井沢を離れ、野尻湖を訪れた夫婦の旅を描く。持病を抱え疲れやすい夫は、妻と共に湖畔の粗末なバンガローに滞在し、外人部落を散策したり、読書をして過ごす。滞在中の冷ややかな天候や、同じ宿に居合わせた外人の娘たちとの静かな接触、そして滞在記の合間に読み進める小説の重苦しい物語が交錯し、静謐な旅の終わりと、霧雨の中で帰路につく準備をするまでの二人の様子を写し出す。

堀辰雄

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けさ急に思い立って、軽井沢の山小屋を閉めて、野尻湖に来た。

実は――きのうひさしぶりで町へ下りて菓子でも買って帰ろうとしたら、何処の店ももう大概引き上げたあとで、漸っと町はずれのアメリカン・ベエカリイだけがまだ店を開いていたので、飛び込んだら、欲しいようなものは殆ど何も無かった、木目菓子の根っこのところだけ、それも半欠けになって残っていたが、いくら好きでも、これにはちょっと手を出し兼ねていた。そこへよく見かける一人の老外人がはいって来た。この店のお得意だと見え、「おやおや、お菓子、もうなんにも無いですね……」と割に流暢な日本語で店の売子に言葉を掛けながら、私の手を出しかねていたバウム・クウヘンを指して、「これは鼠が噛ったのですか?」などと常談さえ云う。「そうかも知れませんね。……それでもよろしかったら、先生に私から進物にしますわ。」雀斑のある若い娘も笑いながら、そんな返事をしている。「実は持て余していたところなんでしょう?」と老外人の見事な応酬。――そんな和気靄々たる常談の云いあいをあとに、私はビスケットだけ包んで貰って、さっさと店を出て来た。そして町を引っ返して往きながら、ふいといま頃は森のなかの小屋で風呂の火でも焚きつけているだろう妻の姿を浮べた。なんだか急に淋しくなった。このまま二三日何処かへちょっと旅行に出て、それから戻って来たら又こんな気もちも落着くだろうと思いながら、丁度店の主人が一人で横浜へ引き上げるため最後の荷作りをしている或る運動具店の前を通りすがりに、ひょいとズックの手提鞄のようなものを目に入れて、ずかずかと入っていって、突嗟に旅行の決心をして、それを買い求めた。それはラケットの入るようになった鞄だった。なんでもいいから、失くしたボストン・バッグの代りに旅行に携えてゆくつもりだった。……

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