黒岩涙香のこと
本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
黒岩涙香のジャーナリストとしての活動、政論家および思想家としての横顔を綴る。新聞『万朝報』の編集ぶりや政治への影響力、賭博への執念深い研究家としての側面を浮き彫りにする。さらに、翻訳と創作を通じて探偵小説を日本に移植し、独特の文体で読者を魅了したスタイリストとしての功績を回顧する。著者の個人的な読書体験を交えながら、明治文学史における先駆者としての存在意義を多角的に考察する。
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一
黒岩涙香の名をきいて、いちばん先に思い出すのは彼が在命中の『万朝報』である。何というタイプか知らないが、平べったい活字で、トップからボトムまで、ぎっしりつめこんだ四頁の新聞によって、当時の私は、政治問題、社会問題に関するほとんどすべての知識と思想とを養われていたのだった。『万朝報』の下す批判は、私には時事問題を判断する尺度となっていた。
ジャーナリストとしての黒岩涙香は、非常に内容の豊富な、少ない数面に何から何まであまさずつめこんだ、マイクロコスモス〔小宇宙〕ともいうべき独特の新聞をつくることに成功していたと同時に、時には、まるで普通の新聞紙の型を破って、突飛な編集ぶりを示すことによって読者をあっと言わせた。南北朝正潤問題が起こったとき、一頁にわたる大論文を署名してかかげたことなどはその代表的なものである。
政論家としての黒岩涙香は、だいたい進歩思想家として一貫していたように思う。そしてだいたい政府攻撃の立場にたっていたようである。選挙の時など、彼の『万朝報』のスタッフを率いて応援演説に行くと、反対党は、彼の熱弁をおそれて戦慄したということである。欧州戦争の末期に、『万朝報』は、執拗に仏国出兵を主張した。これは仏国政府との間に妙な関係があったのだという説があった。いまだに私はその真偽は知らぬが、恐らくそれは事実だろうと思う。それにしても、私はその当時まだ欧州戦争のほんとうの性質――それが帝国主義国家間の略奪戦争であったという性質――を知らず、よほどフランスびいきだったので(これは弱いものにひいきするという人類に共通の心理からだったのか、連合国の正義人道のプロパガンダのおかげかはっきりおぼえていないが)、仏国出兵の主張にも共鳴したのであった。
思想家としては、天人論の著者として、彼の名は当時の青年の心に強い影響を与えた。一種の哲人主義の思想が、露骨な政権争奪以外に何の背景もない人たちの思想にくらべて若いインテリゲンチャの心をひいたものだと思う。