政治的価値と芸術的価値
本文約8,700字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
プロレタリアの勝利に貢献するという政治的価値と、芸術作品本来の価値をどう評価するかという問題について論じる。マルクス主義文学理論における評価の矛盾を指摘し、政治的価値に芸術的価値を従属させる現在の理論が、芸術の統一的な解決策ではなく一つの政策論であることを提示する。政治と芸術を峻別し、芸術に対する政治のヘゲモニイという関係を明確にすることを主張し、その評価のあり方を再考する論考である。
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一
コペルニクスは地動説をとなへたが、それを統一的理論によつて説明するためにはニユウトンをまたねばならなかつた。ところが今日の小学生は万有引力の公式を知つてゐる。だからコペルニクスよりも二十世紀の小学生の方がすぐれてゐる!
石造建築は木造建築よりも進んだ建築である。某々洋食店は石造建築である。法隆寺は木造建築である。だから、某々洋食店の建築は法隆寺の建築よりもすぐれてゐる!
これ等の論理には矛盾がない。だがこの理論からひき出された判断は、必らずしも私たちを首肯せしめない。その理由は説明するまでもなく、誰でもちよつと考へて見ればわかることである。
ところが、次のやうな命題にぶつゝかると問題はそれ程簡単ではない。
ダンテの作品にはプロレタリア的イデオロギイが含まれてゐない。シンクレアの作品はプロレタリア的イデオロギイに貫かれてゐる。だから、ダンテの作品は、芸術的にシンクレアの作品よりも劣つてゐる!
もしダンテがあまりに古すぎるなら、これをトルストイとおきかへても、ユゴオとおきかへても、ストリンドベルヒとおきかへてもよい。
然り! と或る人はこれに賛成して、答へるであらう。芸術作品の価値は、その作品のもつイデオロギイによつて決定される。プロレタリアの勝利のために利益をもたらすものにのみ芸術作品の価値がある!
否! とある人は答へるであらう。イデオロギイは芸術作品の全価値を決定する要素ではない。そしてプロレタリアの勝利のために、貢献するといふことは、芸術本来の性質とは没交渉である!
この二つの見方は、最近、マルクス主義文学理論と正統派文学理論とを尖鋭に対立させたのみでなく、マルクス主義文学理論の陣営内に於ても意見の分裂を生ぜしめてゐる問題の焦点である。他の芸術の場合はしばらくおいて、文学作品の評価の基準についての最近の諸議論は、悉くこの問題を中心としてまき起されてゐるやうに思はれる。
かやうな簡単な問題が、どうして、それ程多くの議論を生むに至つたかは、多くの人々には全く不思議に思はれるであらうが、それにも拘らずこれは事実なのである。