本文へ移動
TORENDIA

祭の夜

本文約11,100字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

京都で強欲な金貸しとして知られる島田の邸宅に、夜の闇に紛れて二人の男が侵入する。時を同じくして周囲を警戒していた私服刑事たちは、島田邸から逃げ出す男を目撃し追跡するが、見失ってしまう。不審に思い邸内を調べた刑事たちは、縛られ意識を失った島田と、邸内の異変を発見する。その後、刑事になりすました犯人によって捜査が攪乱され、事件の裏には鮮やかな手口で島田の所有物を奪い去る男の影が浮かび上がる。

平林初之輔

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 13

一

油小路の五条を少し上がったところに島田寓と女文字でしるした一軒のしもた家があります。その裏木戸のあたりを、もう十分も前から通り過ぎたり、後戻りをしたり、そっと中の様子にきき耳をたてたり、いきなり、びっくりしたようにあたりを見回したりしている一人の男がありました。

大正十五年八月二十三日の夜でした。その晩は京都地方に特有のむしあつい晩で湿度の多い空気はおりのように重く沈澱して樹の葉一つ動きません。十一時を少しまわっているのに寒暖計はまだ八十度を降らないのです。

前日からひきつづき地蔵盆にあたっているので、この日、京の町々は宵のうちから、珍しい人出です。心からの信心でお参りをする善男善女もあれば、暑くてねられぬままに涼みがてらの人たちもあり、ただ人ごみの中へまじっておれば満足の風来坊もあれば、混雑につけこんで何か仕事をしようとたくらんでいる不届き者もないとは限らぬという具合です。それらの人を一切合財相手にして、ごみだらけのアイスクリームや、冷し飴や、西瓜などを売っている縁日商人は、売れ残りの品をはやくさばいてしまおうと思って、いまだに声をからして客を呼んでいます。

しかし、それは六角堂とか安産地蔵とか、今日の祭りに縁のある界隈に限られているので、五条油小路のあたりは、さすがに十一時をまわるとひっそりしたものです。ちょうど陰暦の十五夜にあたるので、厚ぼったい雲の切れ目から、時々満月が姿を見せてはまたかくれています。

島田家の裏木戸のあたりをうろついていた男は、月がちょうど雲にかくれた瞬間に、そっと木戸をおして、風のように中へはいってゆきました。すると、今まで誰もいなかったように見えた通りへ、とつぜん降って湧いたように第二の男があらわれて、第一の男と同じように木戸をおして中へ消えてしまいました。

それから二十分もたった頃[#「たった頃」は底本では「たつた頃」]、第二の男は張合のぬけたような顔をして木戸から出てきました。すると今度は第三の男が不意に物陰から現れつかつかと第二の男のそばへ寄ってゆきました。

「どうだったい?」

「どうもこうもない、すっかりあてられちゃったよ」

「というと?」

平林初之輔の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本