街の断片
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
事務室を離れ踊り子として舞台へ向かう女性、架けられた新しい橋を渡り都市の変容を感じる語り手、そして庭の穴に住む蜥蜴と都会の無常観を重ねる詩人の視点を綴る。移ろいゆく風景の中で場所への愛着を募らせる都市生活者の心理や、絶えず入れ替わる街の人々の姿を描き、変わりゆく東京の光景と変わらない自然の対比を通じて、作者が抱く独特の都市感覚を浮き彫りにする連作短編集である。
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A
相手の声がコックだったので彼女は自分の声に潤ひと弾みとを加へた。その方が料理に念を入れて来るだらうし、――マネージャー達だって私の声を聴いてゐるのだから――さあ、もっとだらだら喋ってやらう。
――ちょっと、ポテトは狐色に焼くのよ、え、解った? 卵は二つね、卵、あんまり焦さないでね、いいこと? モシモシ、ええ、卵よ、黄味を崩したりなんかしちゃ嫌よ。ちょっとそれからライスは焚きたてがある? あ、さう、今から凡そ何分ぐらゐで出来るの? あ、さう、ぢゃお願ひするわ。
口のなかに唾液が溜ったのをこくりと呑み込むと彼女は受話機を置いた。私はこんなに食べものにだって注意してゐるし、どんなに私が熱心なダンサーかマネージャーだって知ってゐる――彼女は男達の注意がみんな自分に集中されてゐるものと思って、悠々と事務室を出ると、ジャズの洩れる階段を昇って行った。後から昇って来るお客達だって皆私のなよやかな肩の線を視てゐるのだ、私の肩には男達の燃える視線の焼け跡が、ホラ、一つ二つ三つ……数へて行くうちにそれはジャズに紛れてしまった。
フライ・エッグを入れた箱を提げて、出前持の女は事務室の親爺とぱったり出逢った。何時もの癖で彼女はにんまり笑ひたさうにした。――何時見てもいい女だなあ、と親爺は云ふ。――ホホ、彼女は軽く笑って階段を昇って行く。私のお尻が大きいものだから、あの爺さんは冷かすのだらう。私のお尻ばっかし男達は気にして視るのだもの。ホホ、彼女はもう一度哂って階段を昇って行く。
B
電車通りの果てに蜃気楼が出来たのかと私は錯覚した。暑いから眼に幻覚が生じたのかとも思った。久し振りに質屋の冷んやりした玄関を訪れて、着物の包みを受取って、それが無性に重たかったが、ついでに昔歩き慣れた場所だからと思って、ぶらぶらと札の辻の方へ近づくとこれだ。
実際そこには一つの新しい道が開けて、高いコンクリートの橋が浮上り、橋の上の並木が緑色に空を点綴してゐる。かう云ふものが出来たのだな、と私は今更驚きながら橋の方へ行ってみた。