二葉亭余談
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あらすじ(AIが作成しました)
内田魯庵が二葉亭四迷との面会経験や交流を通じて、その人物像と性格を綴る。明治二十二年に初めて面会した際の印象から、ドストエフスキーへの敬虔な姿勢、犬と猫への深い愛情、そして社交における独特の矛盾や負け嫌いな一面を回想する。小説家や政治家といった枠には収まらない多面的な性格と、その生き様を語ることで、知られざる二葉亭の真実の姿を浮き彫りにする回想録である。
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一 二葉亭との初対面
私が初めて二葉亭と面会したのは明治二十二年の秋の末であった。この憶出を語る前に順序として私自身の事を少しくいわねばならない。
これより先き二葉亭の噂は巌本撫象から度々聞いていた。巌本は頻りに二葉亭の人物を讃歎して、「二葉亭は哲学者である、シカモ輪廓の大なる人物である、」と激称していた。『浮雲』は私の当時の愛読書の一つで、『あいびき』や『めぐりあい』をも感嘆して何度も反覆していたから是非一度は面会したいと思いながらも機会を得なかった。
その頃私が往来していた文壇の人はいくばくもなかった。紅葉美妙以下硯友社諸氏の文品才藻には深く推服していたが、元来私の志していたのは経済であって、文学の如きは閑余の遊戯としか思っていなかった。平たくいうと、当時は硯友社中は勿論、文学革新を呼号した『小説神髄』の著者といえども今日のように芸術を深く考えていなかった。ましてや私の如きただの応援隊、文壇のドウスル連というようなものは最高文学に対する理解があるはずがなかった。面白ずくに三馬や京伝や其磧や西鶴を偉人のように持上げても、内心ではこの輩が堂々たる国学または儒林の先賢と肩を列べる資格があるとは少しも思っていなかった。渠らの人物がどうのこうのというよりはドダイ小説や戯曲を尊重する気がしなかった。坪内逍遥や高田半峰の文学論を読んでも、議論としては感服するが小説その物を重く見る気にはなれなかった。
私が初めて甚深の感動を与えられ、小説に対して敬虔な信念を持つようになったのはドストエフスキーの『罪と罰』であった。この『罪と罰』を読んだのは明治二十二年の夏、富士の裾野の或る旅宿に逗留していた時、行李に携えたこの一冊を再三再四反覆して初めて露西亜小説の偉大なるを驚嘆した。