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TORENDIA

露伴先生の思い出

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

関東大震災前、幸田露伴から俳諧の指導を受けた著者が、先生の人柄や学問への姿勢を回想する。露伴は物事の味を教えることに長け、厳格な秩序を持ちながら、晩年まで旺盛な探求心と鋭い語感を保ち続けた。本書は、大学を辞した経緯や言語に対する洞察などを通じて、先生の生活態度や人間的魅力を描き出し、その知性と精神のあり方を綴る。

和辻哲郎

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🎧 露伴先生の思い出 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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関東大震災の前数年の間、先輩たちにまじって露伴先生から俳諧の指導をうけたことがある。その時の印象では、先生は実によく物の味のわかる人であり、またその味を人に伝えることの上手な人であった。俳句の味ばかりでなく、釣りでも、将棋でも、その他人生のいろいろな面についてそうであった。そういう味は説明したところで他の人にわかるものではない。味わうのはそれぞれの当人なのであるから、当人が味わうはたらきをしない限り、ほかからはなんともいたし方がない。先生は自分で味わってみせて、その味わい方をほかの人にも伝染させるのであった。たとえばわかりにくい俳句などを「舌の上でころがしている」やり方などがそれである。わかろうとあせったり、意味を考えめぐらしたりなどしても、味は出てくるものではない。だから早く飲み込もうとせずに、ゆっくりと舌の上でころがしていればよいのである。そのうちに、おのずから湧然として味がわかってくる。そういうやり方が、先生と一座していると、自然にうつってくるのであった。そのくせ今残っている感じからいうと、「手を取って教えられた」というような気がする。

先生の味解の力は非常に豊富で、広い範囲にわたっていたが、しかし無差別になんでも味わうというのではなく、かなり厳格な秩序を含んでいたと思う。人生の奥底にある厳粛なものについての感覚が、太い根のようにすべての味解をささえていた。従って味の高下や品格などについては決して妥協を許さない明確な標準があったように思われる。外見の柔らかさにかかわらず首っ骨の硬い人であったのはそのゆえであろう。

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