荷風戰後日歴 第一
本文約24,600字 ・ 読了時間 約50分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和二十一年の正月から年末にかけて、七十歳近い著者が熱海から市川へ転居し、戦後の困窮の中で執筆活動を行う日々の記録を収める。株の配当に頼れず売文で糊口を凌ぐ生活の困苦や、インフレによる物価高、転居先の静かな環境での隠棲、執筆を阻む騒音への嘆きなどが綴られる。著者は混迷を極める社会情勢の中で、近隣の知人や来訪者との交流を交えながら、戦敗後の第二年目を孤独に生き抜く姿を客観的な筆致で描き出す。
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昭和廿一年一月一日(熱海にて)
一月初一。晴れて風なし。またとはなき好き元旦なるべし。去年の暮町にて購ひ來りし暦を見て、久振に陰暦の日を知り得たり。今日は舊十一月廿八日なるが如し。世の噂によれば諸會社株配當金も去年六月以後皆無となりしのみならず、今年は個人の私有財産にも二割以上の税かゝると云。今日まで余の生活は株の配當金にて安全なりしが、今年よりは賣文にて餬口の道を求めざるべからず。去秋以後收入なきにあらねど、そは戰爭中徒然のあまり筆とりし草稿、幸にして燒けざりしを售りしが爲なり。七十歳近くなりし今日より以後、余は曾て雜誌文明を編輯せし頃の如く筆執ることを得るや否や。六十前後に死せざりしは此上もなき不幸なりき。老朽餓死の行末思へばおそろし。朝飯を節するがため褥中に書を讀み、正午に近くなるを待ち階下の臺所に行き葱と人參とを煮、麥飯の粥をつくりて食ふ。食後炭火なければ再び寐床に入り西洋紙に鉛筆にて賣文の草稿をつくる。
一月初二。晴。ヒユースケン墓の事をかきて墓畔の梅と題し、時事新報社に送る。
一月初三。半晴。風寒からず。新生社青山氏來話。下大雨。
一月初四。晴。暖。草稿を青山氏に郵送す。
一月初五。半晴。風寒し。銀座町にて饅頭を買ふ。一箇金三十圓。甘いこと請合なりと言へり。
一月初六。日曜日。半晴。洋傘を買ふ。貳百九拾圓。
一月初七。晴。移轉の日も遠からねば座右の物を整理す。
一月初八。晴。風甚寒し。
一月初九。南風、稍暖。森銑三氏來書。
一月十日。晴。時事新報記者石川輝氏來話。
一月十一日。晴。籾山梓月子來書。
一月十二日。晴。寒甚し。此地の鳶頭重さん來りて轉居の荷づくりをなす。
一月十三日。日曜日。
一月十四日。晴。暖。東京の諸友に市川へ轉居の事を報ず。
一月十五日。晴。木戸氏來話。