万の死
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
母を貧しさのうちに亡くした正直者の万は、役場の小使いとして真面目に働いていた。ある日、かつて困窮の末に非情な金持ちから借金を断られ、川へ身を投げた娘の悲劇を母から聞き、深く胸を痛める。やがて村では、万が金持ちから金ばかり借りているという妙な噂が立ち始めるが、彼は無口ゆえに理由を語ろうとしない。そんな中、万は急病でこの世を去る。葬儀の際、思いがけない人々の姿があった。
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万は正直な、うらおもてのない人間として、村の人々から愛されていました。小学校を終えると、じきに役場へ小使いとしてやとわれました。彼は、母親の手一つで大きくなりましたが、その母も早く死んだので、まったくひとりぽっちとなりました。こんなことが、人々の同情をそそるのでありましょう。どこへいっても、きらわれることなく、日を送りました。
「おまえさんも、早くお嫁さんをもらうのだな。」と、ひとりぽっちの彼を心からあわれんで、いってくれるものもありましたが、
「私には、まだそんな気持ちはありません。」と、万は、頭をふりました。それには、早いからという意味ばかりではありません。始終不自由をして、貧しく死んでいった母親のことを思うと、すこしの楽しみもさせずにしまったのを、心から悔いるためもありました。
彼の母は、じつにやさしかったのです。彼が父親と早く別れたので、その不憫もあったのでしょうが、また、この世の中に母一人、子一人としてみれば、たがいにいたわりあうのが、むしろ、ほんとうの情けでもありました。
――ある夜、万は、灯の下で学校の復習をしていました。母は眼鏡をかけて、手内職の針をつづけていました。窓の外では、雨気をふくんだ風が、はげしく吹いています。そして、その年の暮れも間近に迫ったのでした。母は、なにを思ったか、ふいに、万に話しかけました。
「おまえが、まだ物心のつかないころだったよ。この村に、おつるさんといって、孝行の娘さんがあった。こんなような、暮れにおしせまった、ある日のこと、できあがった品物を持って町の問屋へとどけ、お金をもらって帰りに、そのお金をみんなとられてしまったんだよ。かわいそうに、それで娘さんは川へ身を投げて死んでしまいました。」と、母は語りました。
これを聞くと、万は下をむいて本を見ていた顔を上げました。
「だれに、お金をとられたんです。ただ、それだけで死んだのですか。」と、問いかえしました。もっと、くわしいことが知りたかったのです。
「おまえ、そのお金がなければ、家の人たちが年を越せなかったのだよ。下には、小さい弟はたくさんいたし、それに、父親は病気で寝ていたんだからね。」