アパートで聞いた話
本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
アパートに住む少年は、やさしいおじさんとほがらかな青年から、それぞれ人生についての話を聞く。おじさんは、太古の骨や星の輝きを引き合いに、人間のはかなさと他者を尊ぶ道の忘却を語る。一方で青年は、せわしない都会の生活の中で偶然出会った店主の利他的な姿勢にふれ、社会全体で他者を思いやる大切さを説く。二人の対照的な語りを通して、少年はアパートで暮らす人々への新たな視点を見出していく。
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そのおじさんは、いつも考えこんでいるような、やさしい人でした。少年は、その人のへやへいきました。
「なにか、お話をしてくださいませんか。」と、たのみました。
「どんな話かね。」と、おじさんは、聞きました。
「どんな話でもいいのです。」と、少年がいうと、おじさんは、つぎのような話をしてくれたのです。
二、三日まえの新聞にあったが、街の中央へビルディングができるので、地を深くほりさげていると、動物の骨が出てきた。それを学者がしらべて、およそ二万年も前の人間の骨で、まだ若い二十歳前後の女らしいが、たぶん波にただよって、岸に死体がついたものだろう。この街のあるところが、当時は海岸であったのがわかるというのだ。
この記事を見て、私は考えさせられた。大和族より、もっとさきに住んでいた民族であろう。そのような遠い昔から、人類には悲しみや、不幸というものが、つきまとっていたのを知ったからだ。いかなる災難か、またなやみからで、その女は死んだのであるが、若い身でありながら、人生のよろこびも、たのしみも、じゅうぶん知らずして、死んでしまったのだ。
幾十世紀かの間には、海が陸となったり、また陸が海になったりして、おどろくような事実があるにちがいないが、それよりも、人間の生命のはかなさというものを、より強く感じられる。そして、いつの世でも、一生をぶじ幸福に生きるということは、容易のことでないらしい。
このアパートの、下のへやにいる娘さんをごらん。つとめに出るときは、お化粧をして、そのふうがりっぱなので、人目には、いきいきとして、美しくうつるので、さぞゆかいな日を送ってるだろうと思うけれど、家へ帰って、仕事をするときのすがたを見ると、つかれて顔色が青白いじゃないか。母親が病気で長くねていては、自分は気分がわるいからとて、休むことさえできないのだ。