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TORENDIA

名もなき草

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

地上のあらゆる場所に存在する美しいものや正しいものについて論じる随筆。名もなき草の花や自然の音色に見出される美しさは、理屈や条件を超え、人々の感情や魂を揺さぶる。芸術とは良心の結晶であり、それらを感ずるには謙虚さと誠実さが求められる。純粋な良心と正義感に基づく芸術の力を説き、美と正義に向かって突き進むことこそが人生の意義であると定義する。枯れた草が来年の夏を希望するように、人生もまた希望であることを力強く綴る。

小川未明

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🎧 名もなき草 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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名も知らない草に咲く、一茎の花は、無条件に美しいものである。日の光りに照らされて、鮮紅に、心臓のごとく戦くのを見ても、また微風に吹かれて、羞らうごとく揺らぐのを見ても、かぎりない、美しさがその中に見出されるであろう。

思うに、見出そうとすれば、美は、この地上のどんなところにも存在する。たゞ見る人が謙虚にして、それに対して考うるだけの至誠があれば足りるものだ。凡そ、そこには、子供と成人の区別すらないにちがいない。

真に、美しいもの、また正しいものは、いつでも、無条件にそうあるのであって、それは、理窟などから、遙かに超越する。そして、直ちに、人間の感情に迫るのである。

独り、それは、花の美ばかりでないだろう。たとえば、いゝ音にしてもそうだ。必ずしも、それは、高価な楽器たるを要しない。また、それを弾ずる人の名手たるを要しない。無心に子供の吹く笛のごときであってもいゝ。また、林に鳴る北風の唄でもいゝ。小鳥の啼声でもいゝ。時に、私達は、恍惚として、それに聞きとられることがある。そして、それは、また音楽について、教養あるがために、自然の声から、神秘を聞き取るという訳ではないのだ。

たゞ、どこにでもあるであろう、いゝ音色は、同じく、無条件に、人間の魂を捕えずに置かないというにしか過ぎない。

野蛮人は、殊に、音に対して、鋭敏な感覚を有している。いゝ音色に聞きとれている時には、背後から頸を斬られるのも知らずにいるとさえ言われている。

美しいものや、正しいものは、常に、この地上の到るところに存在するであろう。しかし、これを感ずる人は、常に、どこにでもあるとはいわれない。なぜなら、その人はまた、謙虚にして、誠実であり、美や、正義に対して、正直に、それを受けいれることのできる人でなければならぬからだ。

すべて、芸術といわれるものが、良心の結晶であるかぎり、かくのごとき普遍性を有するものである。そして、それを感ずる人は、又かくのごとき自由性に、置かれている。与うるにも、受けるにも、そこに何等の条件と理論とを必要としないのである。

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