泡鳴五部作
本文約113,100字 ・ 読了時間 約227分
あらすじ(AIが作成しました)
樺太で事業に失敗した田村義雄は、文無しとなって北海道へ戻る。小樽や札幌を転々としながら再起を図る中、知人の家に身を寄せつつ、各地で出会う人々や遊女との交流を通じて自身の苦境と対峙する。本作は、漂泊の果てに社会の枠組みや世俗的な成功に囚われない独自の生を模索する主人公の心理と、移ろいゆく現実世界への眼差しを綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
樺太で自分の力に餘る不慣れな事業をして、その着手前に友人どもから危ぶまれた通り、まんまと失敗し、殆ど文なしの身になつて、逃げるが如くこそ/\と北海道まで歸つて來た田村義雄だ。
小樽直行の汽船へマオカから乘り込んだ時、義雄の知つてゐる料理屋の主人やおかみや、藝者も多く、艀で本船まで同乘してやつて來たのは來たが、それは大抵自分を見送つて呉れるのが主ではなく、二三名の鰊漁者、建網番屋の親かたを、「また來年もよろしく」といふ意味でなつけて置く爲めだ。
渠とても、行つた初めは、料理店や藝者連にさう持てなかつたわけでもない。然し失敗の跡が見えて來るに從ひ、段々融通が利かなくなつて來たので、自分で自分の飛揚すべき羽がひを縮めてしまつたのである。よしんばまた、縮めてゐないにしたところで、政廳の方針までが鰊を人間以上に大事がり、人間はただそれを捕獲する機械に過ぎないかの樣に見爲してゐる樺太のことだから、番屋の親かた等がそこでの大名風を吹かせる勢ひには、とても對抗出來る筈のものではない。
渠等が得意げに一等室や二等室へ這入つて行くのを見せつけられて、自分ばかりが三等船客でなければならなくなつた失敗は、如何に平氣でゐようとしても、思ひ出せば殘念でたまらなかつた。
一等船室には、實際、三名の番屋が三ヶ所に陣取つてゐた。いづれも、それが自己の持つてゐる漁場から、マオカへ引きあげて來た時、例年の通り、負けず劣らずの豪遊を試みてゐたので、その時義雄も渠等と知り合ひになつた仲だ。北海道相撲の一行が來て三日間興行をした時なども、渠は渠等と組んで棧敷を買ひ切り、三日を通して大袈裟な見物に出かけ、夜は夜で、また相撲を料理屋に招いて徹宵の飮をやつた。