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TORENDIA

泡鳴五部作

本文約112,800字 ・ 読了時間 約226分

あらすじ(AIが作成しました)

麻布の我善坊で下宿屋を営む義雄は、父の死後、継母や妻子との生活に嫌気がさしつつも、実利を兼ねてその家業を継ぐ。自身の自由な創作活動や女優養成といった事業を最優先する義雄に対し、所帯を守ろうとする妻の千代子や継母との間には深い溝が生じていた。私生活での衝突や、家を抵当に入れての新たな事業計画を巡り、家族の関係が軋みを上げる中で、義雄は自己の哲学を貫こうと奔走する。

岩野泡鳴

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一

麻布の我善坊にある田村と云ふ下宿屋で、二十年來物堅いので近所の信用を得てゐた主人が近頃病死して、その息子義雄の代になつた。

義雄は繼母の爲めに眞の父とも折合が惡いので、元から別に一家を構へてゐた。且、實行刹那主義の哲理を主張して段々文學界に名を知られて來たのであるから、面倒臭い下宿屋などの主人になるのはいやであつた。

が、渠が嫌つてゐたのは、父の家ばかりではない。自分の妻子――殆ど十六年間に六人の子を産ませた妻と生き殘つてゐる三人の子――をも嫌つてゐた。その妻子と繼母との處分を付ける爲め、渠は喜んで父の稼業を繼續することに決めたのである。然し妻にそれを專らやらせて置けば、さう後顧の憂ひはないから、自分は肩が輕くなつた氣がして、これから充分勝手次第なことが出來ると思つた。

「あの家は息子さんでは持つて行けますまいよ」と云う風評を耳にした妻は、ます/\躍起となつて、所天の名譽を恥かしめまいといふ働きをやつてゐた。が、義雄は別にそれをあり難いとも思ふのではなく、ただ自分自身の新らしい發展が自由に出來るのを幸ひにした。

繼母は勿論、妻子をも眼中に置かない渠が第一に着手しかけたのは一女優の養成である。琴の師匠をしてゐる友人から、その弟子のうちに一名の美人があつて、それが女優になりたいと云つてるが、どうかして呉れないかと云ふ相談を持ち込んで來た。

渠は既に女優志願者で失敗した經驗を一度甞めてゐるが、兼て脚本を作つたらそれをしツかりやつて呉れるものが欲しいと考へてゐるところだから、わけも無く承諾した。

で、自分の家から芝公園を通り拔けたところにあつた音樂倶樂部の演劇研究部に、自分も會員であるの故を以つて申し込み、志願者をそこの講習生に取りあげて貰ふ相談が成り立つた。そして、いよ/\志願者を渠の家に呼び寄せた――と云ふのは、自分の家から毎日通はせるつもりであつたのである。

家族の反對はいろ/\あつたのはあつたが、渠はそんなことには少しも頓着しなかつた。

「來たものを少しでも冷遇すれば、おれのやる事業を邪魔するも同前だぞ!」

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