泡鳴五部作
本文約84,000字 ・ 読了時間 約169分
あらすじ(AIが作成しました)
義雄は神經を病むお鳥との生活に苦心しつつ、自著の出版や龍土會への出席など文壇活動を続ける。経済的困窮や持病の痔に悩まされる中、義雄は樺太への渡航を決意する。お鳥に三ヶ月分の生活費を渡し、女優志願の支援や写真学校への入学手続きを整えた上で、二人は上野駅で別れを迎える。義雄は音信を断つことで彼女の自立を促そうと心に期しながら、汽車に乗り込み樺太へと旅立つ物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「おい、あの婆アさんが靈感を得て來たやうだぜ。」
「れいかんツて――?」
「云つて見りやア、まア、神さまのお告げを感づく力、さ。」
「そんな阿呆らしいことツて、ない。」
「けれど、ね、さうでも云はなけりやア、お前達のやうな者にやア分らない。――どうせ、神なんて、耶蘇教で云ふやうな存在としてはあるものぢやアない。從つて、神のお告げなどもないのだから、さう云つたところで、人間がその奧ぶかいところに持つてる一種の不思議な力だ。」
「そんなものがあるものか?」
「ないとも限らない――ぢやア、ね、お前は原田の家族にでもここにゐることをしやべつたのか?」
「あたい、しやべりやせん――云うてもえいおもたけれど、自分のうちへ知れたら困るとおもつて。」
「でも、あいつは、もう、知つてるぞ、森のある近所と云ふだけのことは。」
「森なら、どこにでもある。」
「さうだ、ねえ」と受けて、義雄はそれ以上の心配はお鳥に語らなかつた。無論、千代子が或形式を以つて實際お鳥を呪ひ殺さうとしてゐるらしいことも、お鳥には知らしてない。たださへ神經家であるのに、その上神經を惱ましめると、面倒が殖えるばかりだと思つてゐるからだ。
が、お鳥も段々薄氣味が惡くなつたと見え、日の經つに從つて、義雄の話を忘れるどころかありありと思ひ出すやうになつたかして、つひにはまた引ツ越しをしようと云ひ出した。もし知られると、今までにでも、云はないでいい人にまで目かけだとか、恩知らずだとか、呪ひ殺してやるだとか云つてゐるあいつのことだから、わざと近所隣りへいろんな面倒臭いことをしやべり立てるだらうからと云ふのである。
然し、この頃お鳥はおもいかぜを引いてとこに這入つてゐた。近所の醫者を呼んで毎日見て貰ふと、非常に神經のつよい婦人だから、並み以上の熱を持ち、それがまた並み以上に引き去らないのだと説明した。その上、牛込の病院に行けないので、一方の痛みも亦大變ぶり返して來た。
かの女は氣が氣でなくなつたと見え、獨りでもがいて、義雄にも聽えるやうに、