普賢
一
木曾路へはいると、随所にまだ雪が見られる。
峠の凹みから、薙刀なりに走っている白い閃きは、駒ヶ岳の雪のヒダであり、仄紅い木々の芽を透かして彼方に見える白い斑のものは、御岳の肌だった。
だがもう畑や往来には、浅い緑がこぼれている。季節は今、なんでも育つ盛りなのだ。踏んづけても踏んづけても、若い草は伸びずにいない。
まして城太郎の胃ぶくろと来ては、いよいよ、育つ権利を主張する。この頃殊に、髪の毛が伸びるように、背の寸法までが伸びそうに見えて、将来の大人ぶりも思いやられる風がある。
もの心つくと、世間の波へ抛り出されて、拾われた手はまた、流転の人であった。勢い、旅から旅の苦労を舐め、どうしてもおませになるべく環境が迎えてくるので仕方がないが、近頃、時々あらわす生意気さ加減には、お通もよく泣かされて、
(なんだってこんな子に、こう馴つかれてしまったのかしら)
と、ため息ついて、睨んでやることもある。
しかし効き目のあろうわけはない。城太郎は知り抜いているのだ。そんな怖い顔したって、心のなかでは、おいらが可愛くてならないくせに――と。
そういう横着と、今の季節と、飽くことを知らない胃ぶくろが、行く先々、食べ物とさえ見れば、
「よう、よう、お通さんてば。あれ買っておくれよ」
と、彼の足を、往来へ釘づけにしてしまう。
先ほど、通りこえた須原の宿には、木曾将軍の四天王、今井兼平の砦の址があるところから「兼平せんべい」を軒並み売っていたため、とうとうそこでは、お通が根負けして、
「これだけですよ」
念を押して、買って与えたが、半里と歩かない間に、それもぼりぼり食べ終ってしまい、ややともすると、なにか物欲しそうな顔をする。
寝覚では、宿場茶屋の端をかりて、早目な昼めしを喰べたので、事なく済んだが、やがて一峠越えて、上松のあたりへかかると、
「お通さん、お通さん。干し柿が下がっているぜ。干し柿喰べたくないかい?」
そろそろ謎をかけ始める。