宮本武蔵
本文約224,200字 ・ 読了時間 約449分
あらすじ(AIが作成しました)
木曽路を行く武蔵の旅路では、お通と城太郎が同行し、二人の関係性を巡り思索が深まる。一方、江戸では佐々木小次郎が小幡の門人を挑発し、兵学を説く剣術家としての自負を示す。武蔵は無法者に襲われる北条新蔵を救い出し、周囲の罵詈を意に介さずその場を離れる。その後、武蔵の名は江戸中に知れ渡るが、それは逃亡を恥じる者たちからの悪評や糾弾としての名声であった。不意を突く動きで敵を翻弄する武蔵に対し、江戸の町には彼を非難する立て札が溢れる。
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普賢
一
木曾路へはいると、随所にまだ雪が見られる。
峠の凹みから、薙刀なりに走っている白い閃きは、駒ヶ岳の雪のヒダであり、仄紅い木々の芽を透かして彼方に見える白い斑のものは、御岳の肌だった。
だがもう畑や往来には、浅い緑がこぼれている。季節は今、なんでも育つ盛りなのだ。踏んづけても踏んづけても、若い草は伸びずにいない。
まして城太郎の胃ぶくろと来ては、いよいよ、育つ権利を主張する。この頃殊に、髪の毛が伸びるように、背の寸法までが伸びそうに見えて、将来の大人ぶりも思いやられる風がある。
もの心つくと、世間の波へ抛り出されて、拾われた手はまた、流転の人であった。勢い、旅から旅の苦労を舐め、どうしてもおませになるべく環境が迎えてくるので仕方がないが、近頃、時々あらわす生意気さ加減には、お通もよく泣かされて、
(なんだってこんな子に、こう馴つかれてしまったのかしら)
と、ため息ついて、睨んでやることもある。
しかし効き目のあろうわけはない。城太郎は知り抜いているのだ。そんな怖い顔したって、心のなかでは、おいらが可愛くてならないくせに――と。
そういう横着と、今の季節と、飽くことを知らない胃ぶくろが、行く先々、食べ物とさえ見れば、
「よう、よう、お通さんてば。あれ買っておくれよ」
と、彼の足を、往来へ釘づけにしてしまう。
先ほど、通りこえた須原の宿には、木曾将軍の四天王、今井兼平の砦の址があるところから「兼平せんべい」を軒並み売っていたため、とうとうそこでは、お通が根負けして、
「これだけですよ」
念を押して、買って与えたが、半里と歩かない間に、それもぼりぼり食べ終ってしまい、ややともすると、なにか物欲しそうな顔をする。
寝覚では、宿場茶屋の端をかりて、早目な昼めしを喰べたので、事なく済んだが、やがて一峠越えて、上松のあたりへかかると、
「お通さん、お通さん。干し柿が下がっているぜ。干し柿喰べたくないかい?」
そろそろ謎をかけ始める。