飢餓山河
一
「彦太承知だの」
「む、行く」
「二十日の寄合いにゃ、きっと、顔を出してくれや。村の者あ、おぬしが力だ。腕も弁もあるしの、学問だって、青梨村じゃ、何というても、彦太だもんのう」
大庄屋の息子と、老百姓が二、三名と、それを焚きつけてる郷士の伜とが、こっそり籾蔵から帰って行った。
彦太は、家の裏口を見張りながら、時候ちがいの冷露で、黒い枯れッ葉になった桑畑へ消えて行く人々を、見送っていた。
この子四ツじゃに
糠より軽い
軽いはずだよ
稗糧と夫婦の坊子じゃもの
坊子にゃ出ぬ乳も
運上にゃしぼる
藁で髪ゆい、縄帯しめて――
痩せた畑を、小作の子が、聞き覚えの味噌煮唄をどなって通った。彦太は、この痩地と百姓との宿命を、呪うように、腕ぐみしていた。日が暮れても、たね油の灯が燈せない村だった。
「いッそ、鍬を捨てて、馬口労か、木挽かになろうとしても、役銀をとられるし、油屋、酒屋も株もの、川船で稼げば川運上、雑魚を漁っても、網一つに幾らの税だ。――とても食えぬと、他領へ逃げるにも、もし捕れば打首。子を生めば胞衣金、死ねば寺金。――一体、どうしたらいい百姓だ」
と考えた。
飢えて死ぬより、強訴だ、一揆だ!
と今、囁いて行った人々の言葉だの、もがいている眼つきだのが、ひしと、心を噛む。
「どうしても、二十日には、顔を出さねばならないかな。俺が出れば、弱音はふけぬ。自分の火が、村を何十ヵ村も、火にしてしまうが――」
彦太は、自分の熱っぽい性格が怖かった。
一人の犠牲で、何十ヵ村の飢えが、救えるものならいいが、この真田伊賀守の領土では、繭糸一揆だの、千曲川の運上騒動だの、また、領主がお庭焼の陶器に凝って、莫大な費用の出所を、百姓の苛税に求めたので起った須坂の瀬戸物一揆だのと、彦太がもの心ついてからでも、数えきれぬ程、むしろ旗が騒いだが、一つも、成功した例がなかった。