大谷刑部
本文約16,900字 ・ 読了時間 約34分
あらすじ(AIが作成しました)
越前敦賀の城主大谷刑部吉継は、徳川家康による上杉討伐へ従軍する途上、かつての乳母の娘であるお篠の訪問を受ける。やがて関ヶ原の戦いが近づく中、石田三成との親交を通じて天下の情勢を冷静に見つめる。病身で視力を失いながらも、大義を胸に乱世の渦中に身を投じた吉継が、敗戦が濃厚な戦場において家臣たちとの最期の別れを経て、己の信念を貫こうとする姿を描く。
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馬と兵と女
七月の上旬である。唐黍のからからとうごく間に、積層雲の高い空が焦けきッた鉄板みたいにじいんと照りつけていた。
――真っ黄いろな埃がつづく。
淀を発した騎馬、糧車、荷駄、砲隊、銃隊などの甲冑の列が、朝から晩まで、そして今日でもう七日の間も、東海道の乾きあがった道を、続々と、江州路から関ヶ原を通り、遠く奥州方面へ向って下ってゆくのであった。
「夏の戦はたまらんぞ」
「――さりとて、冬も」
「雪に馬の斃れることはないが、暑さでは、馬さえ斃られる」
「夜は藪蚊、昼はこの炎天」
「一雨来ぬかな」
「この空では――」
「いッそ、敵にぶつかって、いざ戦となれば、暑さもくそもないが」
「敵は、上杉。――まだ白河会津までは何百里」
「うだるなア」
「いっそ物の具など、捨ててしまいたいが、裸で戦もなるまいし……」
「ははは」
騎馬と騎馬の上で、笑い合う声までが、干乾びて、埃に咽せそうになる。
それでも、馬上の部将格の者には、行軍のあいだに、そんな余裕もあったが、歩卒の心臓は、口もきけなかった。
自棄に、竹筒の水を飲み、それがなくなると、泥田の水でも、小川でも、水を見ると、餓鬼のように口をつけ、そして荷駄の手綱を持ち、銃や槍を担ぎ、部将に叱りとばされると、また隊伍を作り、火みたいな息をついて、
(ああ、まだこの辺は、美濃だ。――白河、会津の上杉領までは)
と、道よりも気の遠くなる心地で――泥の汗を、肱でこすっては、行軍した。
「こん畜生、また坐ってしまやがッた。――叱っッ! 叱っッ! 横着野郎めッ――」
大荷駄のうちで、突然、発狂したような足軽の呶号が起る。日射病でまた二頭の馬が大きな腹を横にして斃れてしまったのである。その腹を、手綱で撲りつけていたが、馬は、口に白い泡を噛んで、眼を鈍くしながら、撲る人間を、恨めしげに見ているだけであった。
「捨ててゆけ、捨ててゆけッ」
部将の声に、病馬の背から、荷が解かれ、他の糧車や馬の背へ移されると、もう陣列は待っていなかった。
それでも――遉がにまだ呼吸のある病馬を、見捨てかねるように、四、五人の足軽は後に残って、水を浴びせたり、薬を咬ませたり、手当していた。