魚紋
本文約14,400字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
囲碁指南として本所に住まうお可久を巡り、山岡屋の番頭、医者の玄庵、御家人の伝九郎、浮世絵師の春作が日々賭碁に興じている。ある夜、山岡屋を訪ねた男との密談を機に、七百両の隠し金を巡る争いが持ち上がる。やがて舞台は川へと移り、金に執着する男が水底へ潜る中、お可久の正体と彼女を追う者たちの動きが交錯し、本所の裏町で繰り広げられた悪の生活と男たちの想いが急展開を見せる。
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お部屋様くずれ
一
今夜も又、この顔合せでは、例によって、夜明かしとなること間違い無しである。
更けても、火鉢に炭をつぐ世話もいらない程の陽気だし、桜花も今夜あたりでおしまいだろう、櫺子の外には、まだ戸を閉てない頃から、春雨の音がしとしとと降りつづいていた。
パチ…… パチリ
榧の柾目の盤が三面、行儀よく並んでいた。床の間へ寄った一面は空いていて、紫ちりめんの座ぶとんだけがある。那智石の白へ手を突っ込んで、
『さアて。……』
弱った顔つきを、近視のように盤へ近づけてうなっているのは、ついこの近所の山岡屋という、質屋の番頭。
質屋というと、堅気の中でもかちかちの吝嗇屋らしく聞えるが、専ら商売になってゆくのは、盗品買だといううわさのある質屋なのである。で、そこの番頭という才助の眼もどこか鋭かった。けれど、男ぶりはちょっと好くて、年頃も、ここへ集まる中では一番若い二十四か五ぐらい。
パチ?
『なる程。妙手もあるものだの』
相手は医者の玄庵だった。
外科では上手と云われているが、脂ぎった五十男で、仁術という職業には余りに体力的な人物だった。道楽が多いらしいのである。いつも高利を借りて苦しんでいる。第一病家を廻っている時間よりも、この碁会所にいるほうが遙かに多いという医者様だった。
二
『済まないが、今度はもらったぜ』
一局、勝敗がついたとみえ、盤の下にかくしてある賭金を、攫うように懐中へしまいこんで、
『――何うだな、其っ方の風雲は』
云いながら、隣りの対局へ、横から顔をつき出したのは、横に黒い刀傷のある村安伝九郎である。
これは御家人と自称している男で、三十がらみの苦みばしった骨柄であった。背が高く、手脚が長くそして、痩せているので、岡場所などを通ると売女たちが、
(蟷螂さん――)
と綽名して呼ぶ。
その蟷螂さんと対局して、今、賭けておいた幾らかの金を取られ、悄ぼりと、もう石を崩した盤を、いつ迄、未練げに眺めていたのは、浮世絵師の喜多川春作だった。
気が弱くて、闘志がなく、おまけに碁はカラ下手と来ている春作は、よせばいいのに、毎晩ここへ来なければ寝られないと云っている、来れば又、必ず鴨なのだ。
(何の因果か)