宮本武蔵
本文約190,900字 ・ 読了時間 約382分
あらすじ(AIが作成しました)
柳生の里で武者修行者たちが道場を訪ねる中、柳生兵庫のもとを宝蔵院胤舜が訪れ兵法を談じる。一方、宮本武蔵は愚堂和尚の教えを胸に己の剣の道を模索し続け、やがて宿敵・佐々木小次郎との巌流島での対決に臨む。精神の剣を信じる武蔵は激戦の末に小次郎を倒すが、敗れた敵に対する愛惜と尊敬の念を抱き、静かに戦いの場を去る。その後も世間では武蔵の振る舞いについて様々な噂が飛び交うが、彼は自身の道を歩み続ける。
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春告鳥
一
ここは、鶯の名所。
柳生の城のある柳生谷――
武者溜りの白壁に、二月の陽がほかりと映して、槍梅の影が一枝、静かな画になっている。
南枝の梅花は誘っても、片言の初音の声は、まだ稀にしか聞かれないが、野路や山路の雪が解けると共に、めっきり殖え出してくるのが、今、天下に遍き武者修行と称する客で、
――頼もう。頼もう。
の訪れだの、
――大祖石舟斎先生に一手。
だの。また、
――てまえこそは何の某が流れ汲む、何の誰それ。
だのといって、例の石垣坂の閉まっている門を無益に叩く者が、寔に踵を接して来るのである。
「どなたの御添書でお越しになろうと、宗祖は老年ゆえ、一切、お目にかかりませぬ」
と、ここの番士は、十年一日のごとく同じ言葉で、そういう客を謝辞している。
中には、
「芸道には、貴賤の差も、名人と初心の差も、道においては、ないはずでござろうに」
などと小理窟こねて、憤々として帰る武芸者もあるが、何ぞ知らん、石舟斎はすでに去年、世に亡き人になっていた。
江戸表にある長子の但馬守宗矩が、この四月中旬にならなければ公儀から暇をとって帰国できない事情にあるため――まだ喪を発せずに秘めてあるのだった。
心なしか、そう思って、吉野朝以前からというここの古い砦型の城を仰ぐと、四山の春は迫って来ているに関わらず、どことなくしいんとして冷寂な感がある。
「お通さま」
奥の丸の中庭に立って、ひとりの小僧が、今、彼方此方の棟を見まわしていた。
「――お通さま。どこにお在ででございますな」
すると、一つの屋の障子があいた。室の中に焚き籠められていた香の煙が、彼女と共に外へ流れた。百日の忌を過ぎてもなお、陽に会わないでいるせいか、梨の花のように白い愁いを顔に湛えている。
「持仏堂でございます」
「お。またそれへ」
「御用ですか」
「兵庫さまが、ちょっと、来て欲しいと申されまする」
「はい」
縁づたいに、また、橋廊下を越えたりして、そこから遠い兵庫の部屋へ訪ねてゆく。――兵庫は縁に腰かけていたが、
「オオ。お通どの、来てくれたか、わしの代りになって、ちょっと挨拶に出てもらいたいが」
「どなたか……お客間に?」