鳴門秘帖
本文約137,300字 ・ 読了時間 約275分
あらすじ(AIが作成しました)
駿河台の墨屋敷に住まう隠密役の甲賀家が絶家となり、宗家ゆかりの人物やその行方を追う者たちが江戸の町で交錯する。大阪東奉行所の手先である目明しの万吉は、甲賀家の消息を追い、屋敷の住人や浪人たちの動向を探る。やがて、阿波へ渡る目的を秘めた法月弦之丞やお綱らが、江戸を離れ木曾路へと向かう中、彼らを阻もうとする者たちの思惑が絡み合い、追走と動乱の物語が展開していく。
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お千絵様
みぞれ模様の冬空になった。明和二年のその年も十一月の中旬を過ぎて。
ここは江戸表――お茶の水の南添いに起伏している駿河台の丘。日ごとに葉をもがれてゆく裸木は、女が抜毛を傷むように、寒々と風に泣いている。
虱しぼりの半手拭を月代に掛けて、継の当った千種の股引を穿き、背中へ鉄砲笊をかついだ男が、
「屑ウーイ。屑ウーイ」
馴れない声で、鈴木町の裏を流していた。
「エエ寒い。こいつが関東の空ッ風か……」
と、胴ぶるいをした屑屋の肩へ、パラパラと落葉の雨が舞いかかった。
「寒いのはとにかくだが、さっぱり呼んでくれねえのは心細い。せめてこの近所に馴染ができれば、ちッたあ様子も聞かれるだろうと思うが……なにしろすること、なすことはずれてきやがる。考えてみると俺は三十六、今年は大厄だったんだなア」
愚痴をこぼしてフラフラと一、二町、うつむいたまま歩いて来ると、頭の上の窓口から、
「屑屋さん」
と、女の声で呼び込まれた。
呼ばれたので急に思い出したように、
「屑ウーイ」と、商売声を出したから、呼んだ女もおかしくなれば、屑屋も自分ながらてれ臭そうにあおむいた。
「屑屋でございますが……」と、もう一度、窓に見える女の顔へ頭を下げると、
「あッちへ廻って下さいな」
「へ、お勝手口へ?」
「そこに潜り戸があるだろう」
「ございます、ございます」ガラリと開けた水口の戸も開けっ放しに、鉄砲笊と一緒に入り込んだ。
「たいそうお寒うございますな」
「縁側のほうへお廻りよ、少しばかり古反古を払いますから」
打ち見たところ、五人扶持ぐらいな御小人の住居でもあろうか。勝手つづきの庭も手狭で、気のよさそうな木綿着の御新造が払い物を出してきた。
煙草の火を借りて話し込んだ屑屋、さっきからこの界隈の噂ばなしをしきりに聞きたがって、
「時に御新造様……、この駿河台にある甲賀組というのは、たしか、この前の囲いの中にある、真っ黒なお屋敷のことじゃございませんでしたか」
「そうだよ、墨屋敷といってね、二十七家の隠密役の方ばかりが、この一つ所にお住まいになっている」