TRENDIA CLASSIC

鳴門秘帖

吉川英治

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お千絵様

みぞれ模様の冬空になった。明和二年のその年も十一月の中旬を過ぎて。

ここは江戸表――お茶の水の南添いに起伏している駿河台の丘。日ごとに葉をもがれてゆく裸木は、女が抜毛を傷むように、寒々と風に泣いている。

虱しぼりの半手拭を月代に掛けて、継の当った千種の股引を穿き、背中へ鉄砲笊をかついだ男が、

「屑ウーイ。屑ウーイ」

馴れない声で、鈴木町の裏を流していた。

「エエ寒い。こいつが関東の空ッ風か……」

と、胴ぶるいをした屑屋の肩へ、パラパラと落葉の雨が舞いかかった。

「寒いのはとにかくだが、さっぱり呼んでくれねえのは心細い。せめてこの近所に馴染ができれば、ちッたあ様子も聞かれるだろうと思うが……なにしろすること、なすことはずれてきやがる。考えてみると俺は三十六、今年は大厄だったんだなア」

愚痴をこぼしてフラフラと一、二町、うつむいたまま歩いて来ると、頭の上の窓口から、

「屑屋さん」

と、女の声で呼び込まれた。

呼ばれたので急に思い出したように、

「屑ウーイ」と、商売声を出したから、呼んだ女もおかしくなれば、屑屋も自分ながらてれ臭そうにあおむいた。

「屑屋でございますが……」と、もう一度、窓に見える女の顔へ頭を下げると、

「あッちへ廻って下さいな」

「へ、お勝手口へ?」

「そこに潜り戸があるだろう」

「ございます、ございます」ガラリと開けた水口の戸も開けっ放しに、鉄砲笊と一緒に入り込んだ。

「たいそうお寒うございますな」

「縁側のほうへお廻りよ、少しばかり古反古を払いますから」

打ち見たところ、五人扶持ぐらいな御小人の住居でもあろうか。勝手つづきの庭も手狭で、気のよさそうな木綿着の御新造が払い物を出してきた。

煙草の火を借りて話し込んだ屑屋、さっきからこの界隈の噂ばなしをしきりに聞きたがって、

「時に御新造様……、この駿河台にある甲賀組というのは、たしか、この前の囲いの中にある、真っ黒なお屋敷のことじゃございませんでしたか」

「そうだよ、墨屋敷といってね、二十七家の隠密役の方ばかりが、この一つ所にお住まいになっている」

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