本文へ移動
TORENDIA

三国志

本文約152,000字 ・ 読了時間 約304分

あらすじ(AIが作成しました)

後漢末期、群雄が割拠し戦乱の兆しが見える中国の地。蓆を織り生計を立てる劉備は、漢の復興を心に誓い、関羽や張飛といった志を同じくする仲間と出会う。一方、洛陽の権力を掌握し暴虐を振るう董卓に対し、曹操は名刀を献上するふりをして暗殺を企て、都から脱出を図る。乱世の中で己の信念を貫こうとする英雄たちが、理想と現実の狭間で激動の歴史を切り拓いていく様子を描く物語である。

吉川英治

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 176

黄巾賊

一

後漢の建寧元年のころ。

今から約千七百八十年ほど前のことである。

一人の旅人があった。

腰に、一剣を佩いているほか、身なりはいたって見すぼらしいが、眉は秀で、唇は紅く、とりわけ聡明そうな眸や、豊かな頬をしていて、つねにどこかに微笑をふくみ、総じて賤しげな容子がなかった。

年の頃は二十四、五。

草むらの中に、ぽつねんと坐って、膝をかかえこんでいた。

悠久と水は行く――

微風は爽やかに鬢をなでる。

涼秋の八月だ。

そしてそこは、黄河の畔の――黄土層の低い断り岸であった。

「おーい」

誰か河でよんだ。

「――そこの若い者ウ。なにを見ているんだい。いくら待っていても、そこは渡し舟の着く所じゃないぞ」

小さな漁船から漁夫がいうのだった。

青年は笑くぼを送って、

「ありがとう」と、少し頭を下げた。

漁船は、下流へ流れ去った。けれど青年は、同じ所に、同じ姿をしていた。膝をかかえて坐ったまま遠心的な眼をうごかさなかった。

「おい、おい、旅の者」

こんどは、後ろを通った人間が呼びかけた。近村の百姓であろう。ひとりは鶏の足をつかんでさげ、ひとりは農具をかついでいた。

「――そんな所で、今朝からなにを待っているんだね。このごろは、黄巾賊とかいう悪徒が立ち廻るからな。役人衆に怪しまれるぞよ」

青年は、振りかえって、

「はい、どうも」

おとなしい会釈をかえした。

けれどなお、腰を上げようとはしなかった。

そして、幾千万年も、こうして流れているのかと思われる黄河の水を、飽かずに眺めていた。

(――どうしてこの河の水は、こんなに黄色いのか?)

汀の水を、仔細に見ると、それは水その物が黄色いのではなく、砥石を粉にくだいたような黄色い沙の微粒が、水に混じっていちめんにおどっているため、濁って見えるのであった。

「ああ……、この土も」

青年は、大地の土を、一つかみ掌に掬った。そして眼を――はるか西北の空へじっと放った。

吉川英治の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本