私本太平記
本文約121,200字 ・ 読了時間 約243分
あらすじ(AIが作成しました)
二条加茂川べりの水鳥亭では、階級を問わず文雅を愛する者が集まる文談会が月例で開かれている。一見すると風流な交流の場だが、参加者には幕府に不信を抱く公卿や武士が名を連ね、日野俊基を盟主とする倒幕の志を秘めた集団の顔も覗かせる。本作は、鎌倉幕府の威光が揺らぎ始めた激動の時代を背景に、俊基や足利高氏ら、後に運命を大きく変えていく人々の動向と、権謀術数が渦巻く世相を緻密な筆致で描き出す歴史小説である。
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乱鳥図
都は紅葉しかけている。
高尾も、鞍馬も。
その日、二条加茂川べりの水鳥亭は、月例の“文談会”の日であった。
流れにのぞむ広間の水欄には、ちらほら、参会者の顔も見えはじめ、思い思いな水鳥の群れに似た幾組かを、ここかしこに作りあっていた。
「いいなあ、秋の水音は」
「肌ごこち、なんともいえぬ。河原は昼の虫の音だし……」
また、べつな組では。
「――今日は、何人ぐらい集まろうかの」
「いや、ほとんど洩れはあるまい」
「触れ状では、久しく見えなんだ俊基朝臣も、今日はお顔を出されるとか」
「それよ。何ぞの報告もあるにちがいない。長い忍び行脚から、両三日前、密かに、帰邸しておられたそうだから」
かかるうちに、追々、参加者はふえていた。
――顔ぶれを見ると。
尹ノ師賢、四条隆資、洞院ノ実世、伊達ノ三位遊雅、平ノ成輔、日野資朝。
僧では、聖護院ノ法印玄基。ほか数名。
また武士側は、足助次郎重成、多治見国長、土岐左近頼兼などの十数人。
さらに、儒者とも医師ともみえぬ者も、交じっている。
要するに、この文談会の趣旨というのは。
僧俗貴賤の階級も問わず、ただ文雅に心をよせ、好学の志を持つものを以て集まる――というのであったから、この玉石混淆も、ふしぎではない。
そして、自作の詩文を評し合い、また、時代の新思想とされている宋学を論究したり、時には、当代の泰斗を招いて、その講義を聴く――というおそろしく、まじめな会でもある。
が、それは表面の標榜にすぎなかった。――この中の武士にも公卿にも、およそ六波羅や、幕府方に信用されている人間は、一人も見あたらないのをみても、それはわかる。
ここの会場水鳥亭も、たれの館でもない。むかしは、奢りを謳われた大臣の別荘であったというが、住みてもなく荒れていたものを、一昨年ごろ手入れして、以来月々の“文談会”の例席としてきたに過ぎない。
だが、会合も、回をかさねること、すでに二十たびをこえ、そのつど顔ぶれもふえ、またさかんになるに従って、会後の婆娑羅な無礼講の遊宴も、いつか常例になっていた。
無礼講は、無礼問わずである。