本文へ移動
TORENDIA

私本太平記

本文約85,600字 ・ 読了時間 約172分

あらすじ(AIが作成しました)

楠木正成が天皇への直言により謹慎を命じられる一方、新田義貞は瘧病を理由に軍の出陣を遅らせ、内侍との生活に籠もる様子を描く。また、九州で菊池武敏らの大軍と対峙する足利尊氏が、船頭の意見を採り入れ、嵐の中で船出を決行する過程を記録する。本作は、動乱の時代における武将たちの苦悩や判断、軍事的な戦略を背景に、歴史的な出来事の連鎖を綴る。

吉川英治

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 100

瘧

妙な噂が立った。

それも宮中からである。正成諫奏の直後だった。

「河内守が乱心した」

「いや気鬱の程度だとか」

「何、そうでない。君前にてあるまじき狂語を吐き、ために謹慎を命じられたものだそうな」

「さよう。自分の聞いたところもそれに近い」

と、いったような臆測まじりの風聞だった。

公卿目、公卿耳

と、よくいわれる。

宮廷人の間には、その環境からも特有な感覚をみなもっていたらしい。正成の諫奏は、内容が内容だけに、そのおりの侍座以外には、かたく口を封じられたが、それですらもうこのていどには六位ノ蔵人、外記、内記あたりの者にはささやかれていた。

事実、あのとき。

逆鱗はたしかであった。

いかに御心では、

「笠置いらいの正成」

と、特別なおいたわりはあらせられても、あまりな正成の直言には、おむねも痛く、はては御不快を禁じえなくなられたにちがいない。――正成をのこして、ついと謁見の御座をお立ちになってしまった御気色にみても、お腹立ちのほどは充分に窺われる。

すぐあとについて、坊門ノ清忠たち列座の公卿も、みかどのこもられた昼の御殿へと、ぞろぞろ伺候して行った。

しかし彼らは、正成のために、逆鱗をなだめようとしたわけではなく、むしろ正成の罪科かろからずとみて、

「廷尉のたわ言、いかにとはいえ、このままには打捨ておかれません。わけてお味方の結束を第一とする今。重罰に処すべきものかとぞんじまするが」

と、みかどのお怒りに乗じて、正成の処置を仰ぎに出たものだった。

「…………」

後醍醐はなかなかおこたえにならなかった。

豪邁、英気、また稀れなほど御自尊のつよい天皇ではあらせられたが、ときにより御反省もなくはない――。それが一廷尉正成にがんと鉄鎚をうけたようなお感じであったとしたら、正成を罰するぐらいでは、容易にお胸の解消にはならなかったであろう。――ややあっての仰せには、こうあった。

「正成はただではない。……清忠も言ったな、気鬱の症だと。……おそらくはひどい気鬱なのだろう。しばらく病養を命じおくがいい」

吉川英治の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本