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TORENDIA

私本太平記

本文約119,000字 ・ 読了時間 約239分

あらすじ(AIが作成しました)

南北朝時代の動乱期、楠木正成は仮面打ちの老人との交流に無常を感じながらも、勅命に従い戦乱の渦中へ身を投じる。一方、足利尊氏は後醍醐天皇の逃亡という事態に際しても、自身の立場を冷静に捉え、事態を天の配剤と説く。本書は、時代の変遷の中で生きる武将たちの誇りと苦悩、そして彼らを翻弄する歴史の奔流を、多様な人物の視点と人間模様を交えて描き出す歴史長編である。

吉川英治

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面

まだ葉ざくらは初々しい。竹窓の内までが、あら壁もむしろも人も、その静かな、さみどりに染まっている。

「…………」

正成はさっきから赤鶴の仕事にしげしげと見とれていた。天野沢の金剛寺前に住んでいる仮面打ちの老人で――越前の遠くから移住してきた者だと、この道にくわしい卯木夫婦から聞いている。はじめにここへ彼を案内したのも、卯木の良人の治郎左衛門元成だった。

それからは、まいど金剛寺へ来るごとに、

「赤鶴、すこしのま、邪魔させてもらうぞよ」

と、正成は遠慮しながらも、よくこの小屋へ立ち寄った。

細工場はいちだん低い土間になっている。のみを砥ぐ砥石やら木屑やら土器の火入れなど、あたりのさまは、らちゃくちゃない。――しかし人のあるなしも打忘れて仮面を彫りにかかっている一老翁のすがたと呼吸をじっとみているうちに、正成もいつかしら共にのみを持って一刀一刀に精魂をうちこめているような境地にひきこまれるのがつねだった。――そして、いいしれぬ忘我のこころよさを内にさそわれてくる。

「……翁は幸福な」

と、うらやまれずにいられなかった。

ただに幸福なばかりでなく、彼の仕事はのこる――

卯木の良人も言っていた。「赤鶴一阿弥は近ごろの稀れな名人です」と。

しかも賃銀は、一作の仮面も、なお一俵の玄米にもならぬ程だそうである。でも不足顔ではない。充ちきっている。しかもこの芸魂の物はあとにのこり、世々の人を愉しませるにちがいない。

翁はそれがよろこびでこう老いも知らない燃焼に日長もわすれているのだろうか。いや、そんな名利もまったくないのかもしれぬ……。ないだろう、無我な仕事ぶりにはそんなふうなどみじん見あたらない。

正成は、つい、かえりみる。じぶんらの武門、武士というもの、それらの世界の人間はどうか。

――こうしているあいだじゅう、彼は何かはずかしさにしびれ、自身がこのへんの領主であるなどは、思ってみるのも辛かった。なぜ武門には生れたろうか。ひそかな悔いすらおぼえるのだった。

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