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TORENDIA

随筆 宮本武蔵

本文約140,300字 ・ 読了時間 約281分

あらすじ(AIが作成しました)

宮本武蔵の生涯を追った小説の著者が、史実と創意が混淆するのを防ぐために、執筆の過程で収集した資料、遺蹟、口碑、遺墨などを一冊にまとめた随筆である。作中では、剣を単なる殺傷の具から道へと昇華させ、その精神を哲学した人物の軌跡を多角的に検証する。また、剣豪としての厳しさと、書画を嗜む繊細な一面を併せ持つ人間の実像に迫り、執筆時の紀行や周辺の雑記を交えながら、創作の裏側と史料との対比を提示する。

吉川英治

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序

古人を観るのは、山を観るようなものである。観る者の心ひとつで、山のありかたは千差万別する。

無用にも有用にも。遠くにも、身近にも。

山に対して、山を観るがごとく、時をへだてて古人を観る。興趣はつきない。

過去の空には、古人の群峰がある。そのたくさんな山影の中で、宮本武蔵は、私のすきな古人のひとりである。剣という秋霜の気が、その人の全部かのように荊々しく思われて来たが、彼の仮名文字をようく見つめているとわかる。あんな優雅なにおい、やさしさ、細やかさ、虚淡な美を、剣を持つ指の先から書きながす人が、過去にも幾人とあったろうか。

子どもが好きだ。漂泊の途で、不幸で質のいい子を見かけると彼は拾う。銀の猫をやって立去った西行さんより人間的だ。なぜなら、彼も不幸な子だったから。

自ら伸ばそうともしない生命の芽を、また運命を、日陰へばかり這わせて、不遇を時代のせいにばかりしたがる者は、彼の友ではあり得ない。大風にもあらい波にも、時代がぶつけて来るものへは、大手をひろげてぶつかり、それに屈しないのが、彼の歩みだった。道だった。

近代の物力以上、近代人の知能以上、系図や家門が重んじられた社会制度の頃に生きて、一郷士の子という以外、彼は何も持たなかった。持てるようになってからも持たなかった。死ぬまで、離さなかったものがただ一つあった。剣である。その道である。

剣をとおして、彼は人間の凡愚と菩提を見、人間という煩悩のかたまりが、その生きるための闘争本能が、どう処理してゆけるものか、死ぬまで苦労してみた人だ。乱麻殺伐な時風に、人間を斬る具とのみされていた剣を、同時に、仏光ともなし、愛のつるぎともして、人生の修羅なるものを、人間苦の一つの好争性を、しみじみ哲学してみた人である。

剣を、一ツの「道」にまで、精神的なものへ、引上げたのも彼である。応仁から戦国期へかけて、ただ殺伐にばかり歩いてきた、さむらいの道は、まちがいなくそこから踏み直したといっていい。

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