人生・間の山
なるべく、縁起の吉い日にしようぜ。御幣をかつぐ訳じゃないが、物は縁起ということもあるし、お互い様に明日の首の座は分らない。こちとら、白浪渡世――
いうにゃ及ぶ。
さて、その日は?
そうよ。――初日の出の元日――あたりはどうだ。
なるほど、そいつアいい。
元日より縁起の吉い日はねえ理窟だ。――次には、場所だが。
その場所は、伊勢の間の山と決める。そして、年暮立ちに、各が、土地を飛び、正月の抜け詣りを装って、落ち合う事にしようじゃないか――というような約束が、何日からか、土地を離れた五人の間に、出来上がっていたのである。
発起人は、絵師の応挙の内弟子、その正月をとって、十七歳になる仁太郎だった。
大坂の鼬を誘って、大晦日の晩、約束の間の山へつき、そこの雲霧茶屋で待っていると、やがて、第二着が、駿府の羅宇屋煙管の五郎八、次にやって来たのが、浜松のお仮面屋の伜丹三郎。――一番遅く、夜明け近くに、江戸の本職小猿七之助が、これは贅沢に、数日前から流連していた二見の茶屋から、駕を打たせて、乗りこんできた。
「顔が、揃った」
と、挨拶になって――
「てまえ、大坂の鼬でござんす」
「あっしゃ、江戸の七で」
「これは初めまして」
「御高名は、雷の如く――」
「お互いに、お初様、何分、よろしくお引き廻しを」
などと、名乗って、
「さて、元の御商売は。また、お年は?」
と、順々に洗ってみると、会わないうちは、自分が一番年下だろうと思っていた仁太郎が、三番目で、羅宇屋煙管の五郎八が、三十一の年頭、江戸の七が二十二、四番目と五番目の鼬と丹三郎が、同じ年の十六だった。
「五人男だ」
と、八百屋の御用聞きでまた掻っ払いの名人、チビの鼬は、英雄じみた昂奮でいった。
初日の出が上る――
五人は、匕首を抜いて、
「さ、兄弟分の盃」
と、二の腕を切り、日の出より赤い血を、啜り合った。
「生きるも死ぬも、一心同体、これからは、お互いに、ケチな小稼ぎは慎んで、日本一の大泥棒になり合おうぜ。なあ兄弟」
「無論だ」
と、仁太郎は、羅宇屋煙管の五郎八に、答えて、
「だが――大泥棒になっただけじゃ、つまらない。何かしなければ」
「するとは」