雪の後
北がわの屋根には、まだ雪が残っているのであろう、廂の下から室内は、広いので、灯がほしいほど薄暗いが、南の雀口にわずかばかりつよい陽の光が刎ね返っていた。きのうにつづいて、終日、退屈な音を繰りかえしている雨だれの無聊さをやぶるように、地面へ雪の落ちる音が、時々、ずしんと、十七人の腸にひびいた。
太平記を借りうけて、今朝から手にしはじめた潮田又之丞が、その度に、きまって、書物から眸を離すので、そばに坐している近松勘六が、
「雪じゃよ」
低声でささやいた。
「赤穂も、今年は降ったかな」
富森助右衛門がつぶやくと、
「のう、十郎左」
三、四人おいて坐っていた大石瀬左衛門が、前かがみに、磯貝十郎左衛門の方を見て、
「――雪で思いだしたが、もう十年も前、お国元の馬場で、雪というと、よく暴れたのう」
「うむ」
十郎左は、笑くぼでうなずいた。
「この中でも、いちばん年下じゃが、そのころお小姓組のうちでも、やはり、貴様がいちばん小さかった。そして、泣き虫は十郎左と決まっていたので、貴様の顔ばかり狙って、雪つぶてが飛んで来たものだった」
「泣き虫なら、もっと、涙もろい先輩がおるよ」
「誰」
紙捻で耳をほっていた赤埴源蔵が、
「よせ、あの話は」
友達は、みな知ってることとみえて、同じようにくすくす笑った。
こんなふうに、時々、和やかにくずす謹厳な無聊さを、それでも、この部屋の若者たちは、隣室の方へ、気がねらしく、笑ってはすぐ憚るような眼をやるのだった。
ちょうど、下の間にはこの九人。
上の間に八人。
ふた組に分れていた。
その上の間の組には、大石内蔵助以下、老人が多く、きょうは料紙と硯を借りて、手紙を書いている者が多かった。いちばん年長の堀部弥兵衛、顔の怖い吉田忠左衛門、黙ったきりの間喜兵衛、そのほか原惣右衛門だの、間瀬久太夫だの、真四角に膝をならべて、読書か何かしていた。