春の雁
からっとよく晴れた昼間ほど、手持ち不沙汰にひっそりしている色街であった。この深川では、夜などは見たこともないが、かえって昼間はどうかすると、御旅の裏の草ッ原で、子を連れて狐が陽なたに遊んでいたりする事があるという。
――通船楼の若いおかみさんは、
「何だえ、包み始めてさ。……負けずに持って帰るつもりかえ」
歯ぎれのいい女だけに、笑いながら云っても、人を蔑むように美しいのである。
清吉は、頭を掻いて、
「だって、御寮人様、何ぼなんでも、この唐桟を、十七両だなんて」
「高価すぎるかえ」
「ご冗戯でしょう。新渡じゃあござんせんぜ。これくらいな古渡りは、長崎だって滅多にもうある品じゃないんで」
内緒部屋の障子の桟には、絶えず波の影が揺らいでいた。すぐ裏手が、晩には猪牙の客を迎える狭い河だった。
「どうするのさ」
通船楼の若いおかみさんは、清吉には苦手なお客様とみえる。せめて二十両でといえば、良人に着せるのだから、自分の一存ではそう高く買えないと云う。
「じゃあ、とにかく、置いて参りますから、旦那様にもお目にかけた上でひとつ……」
そこらへ並び散らしてある他の鼈甲物だの、縞だの、珊瑚だの、香料だの、青磁だの、支那文人画の小点などを、片手に提げられるくらいな包みに小ぢんまりと纏めてしまうと、
「これでいいだろう」
金を出して、通船楼のおかみさんは、唐桟の一巻を、自分の後ろへころがした。
数えてみると、二十両あるので、清吉はかえって眼をみはってしまった。まだ二十歳を幾つも出ていまいと思われるのに、青い眉と黒豆のような歯並びをしているおかみさんは、
「ホホホホホ。揶揄って上げたんだよ」
と、独りでおかしがった。
「へえ、ひどい事を!」
「あたりまえさ。良人にわたしが見立てて着せようというのに、穢い値切り方をしたの、買い惜しみをしたのと聞いたら、着るにも気色が悪いと云って、良人だって着やしないし、わたしの意気だって届かないじゃないか」
「これはどうも、手放しなところを」
「お惚気賃は、前払いで云っている筈なんだよ」