弟の窓・兄の窓
一
紺屋の干し場には、もう朝の薄陽が映している。
干瓢のように懸け並べた無数の白い布、花色の布、紅い模様のある布などが、裏町の裏から秋の空に、高々と揺れていた。
「そんな身装で、近所の人目につく。――お駒、もういい、家に這入っておれというに」
又十郎宗冬は、叱るように、後から尾いて来る彼女へいったが、お駒は、
「そこまで」
と、いつもの癖のように、妾宅の露地から小走りに――ゆうべの寝髪のまま――往来の角まで彼を送って出た。
そして又十郎が、振向きもせず急ぐ背へ、
「よござんすか。待っていますよ。――あさってですよ。あさってまた」
と、露地の陰から、二度もいった。
――浅ましい!
又十郎は、ぞっとするほど、その時は厭な気もちに襲われるのだった。あさってまた、この露地の家へ来るのかと思うだけでも、負担であった。
遁れるように足は急いでいる――。まだ露じめりのあるゆうべの笠を、銀杏なりのまま、横顔へ深くすぼめて、
(もう通うまい。父にもすまぬ。――いや世間に対してだって)
独り抉るほど、慚愧をむねに繰返すのであった。
世間は眼まぐるしく活動している。大根河岸の市場はわいわいと旺だ。金、金、金と突ンのめるほど町人たちは首を前へ出して駈け歩いている。登城する騎馬の侍だの、駕籠の列にも意地わるくよく行き会う。
又十郎宗冬は、なるべく裏通り裏通りと選んで歩いた。八重洲河岸の屋敷へ近づくにつれて、難しい父の顔が胸につかえてくる。登城して、もう屋敷にはいない時刻だが、
(留守であってくれればいいが)
と、万一の場合を惧れて、そればかりが祈られる。
二十四歳にもなったが、父の恐さは、幼少と変らなかった。いや、湯女のお駒に家を持たせて、屋敷を空けがちになってからは、よけいにあの眼が、あの眉が、いつも自分を睨めまわしている気がした。あたかも司直と罪人の間のように。
獄を出て獄へ帰るかのような悶えに絡まれながら、彼はやがて八重洲原まで来ていた。もうすぐそこに厳しいわが家の門と白い土塀があった。
「はてな? 何だろう」
又十郎は、ふと足を止めた。