古川ロッパ昭和日記
本文約105,700字 ・ 読了時間 約212分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和十二年の日常を記した日記。古川緑波は名古屋や熱海を巡る地方巡業に追われ、舞台で「歌ふ弥次喜多」や「昇給」などの演目を上演する。各地の劇場での満員御礼に沸く一方、宿の食事や芝居の客層、出演者の演技に一喜一憂し、日々を過ごす。舞台の合間には洋食店で食事をとり、夜は麻雀に興じながら、過密な公演スケジュールや自身の健康管理、そして舞台演出の試行錯誤をありのままに綴る。
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昭和十二年一月
一月一日(金曜) 雨かと思はれた天気も先づ元旦の薄陽ざし、十一時起き。入浴して、さっぱりしたとこで、雑煮、屠蘇。二時から舞台稽古、「歌ふ弥次喜多」の道具調べと久富に動きをつける。五時半開演、楽屋で弁当食ふ。序幕の開く頃、売切、補助が出て大満員となる。「昇給」初日から此の位乗って来れば大したものなり。「人生」の歌終って、すぐ「弥次喜多」、久富の喜多さんに気を使ひ通し、ふわ/\っとした喜多さんで随分苦労した。が、まあ/\大過なく十時十五分無事に閉演。今日の舞台で、名古屋の客を段々興味深く見るやうになった。「歌ふ弥次喜多」の中、道頓堀の場で、「赤い灯青い灯道頓堀の河面に集る夢の灯に何でカフェが忘らりょかーって、百人一首でも有名な、あのカフェー」ってセリフが、百人一首のとこでワッと受けた、これは有楽座では、てんでクスリとも来なかったセリフだのに、ワッと来たので実に意外だった。インテリ層多しと見るべきか、面白い。御園座へ来てる曽我廼家十吾・天外によばれて南呉服町の三木てうちへ行く。ビールをのみ、鳥のすきやき、まづかった。一時半宿へ帰り、床へ入る。心配してた咽喉いゝらしく、嬉しい。
年三十五、大人である。分別はあるか、なくもなからう。三十五である。三十五である。