真夏の日本海
本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
太平洋岸で過ごす十年余りの月日を経て、著者は少年時代の日本海での夏の思い出を回想する。漁村に滞在し、仲間たちと水中眼鏡と魚刺を手に岩礁で魚を追い求めた日々。その海の色、水中の神秘的な光景、そして岸から離れた深淵への恐れを鮮明に綴る。さらに、日本海沿岸の沈降説や海中に沈んだとされる遺跡の伝説に触れ、地球物理学的観点からもかつての海浜生活の記憶と地形の変化について考察を巡らせるエッセイである。
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此の十年余り、海といへば太平洋岸の海しか見てゐないのであるが、時々子供の頃毎年親しんだ日本海の夏の海を思ひ返して見ると、非常に美しかつたといふ思ひ出が浮んで来る。
日本海の沿岸には一般に砂丘がよく発達してゐる。浪打ち際から真白な砂が数丁も続いて小高い丘になり、その丘を越えたあたりから松林になつてゐるのが普通である。そしてその松林を抜けた所に初めて漁村が見えることが多い。それといふのは、冬の日を海が一つ荒れて来ると、数丁も続いた砂丘の上まで浪が押し寄せて来るので、とても海辺の近くに家などを構へてゐることは出来ないのである。
渚に沿つてたどつて見ると、そのやうな真白な砂丘が暫く続いて軈て小さい岬につくことが多い。その岬は大抵の場合は軟質の岩からなつてゐて、冬の荒浪に段々根本を洗ひ去られて、恐ろしい断崖になつてゐる。そしてさういふ岬が半里毎位に突き出てゐる所では、その間が小さい入江になつて、真白な砂浜が弓なりに静かな青い夏の海をふちどつてゐるのに屡々出会ふのである。岬の端には大抵きまつたやうに、盆栽風な枝振りの松が孤立して立つてゐて、あとは黒く続いた松林になつてゐる。
中学の頃夏休みになると、よくかういふ入江に近い漁村の一間を借りて、数人の友達と日本海の夏を送つたものである。此の頃のやうに入学試験の準備などに追はれる心配もなく、毎日のやうに朝飯をすますと、もう真ぐに魚刺と水眼鏡とを持つて海へ出かけて行くことに決つてゐた。松林を過ぎると、真白な砂浜が朝の強い日光を受けて目ばゆい許りに映えてゐて、その向ふに、海が文字通りに紺碧に輝いて見えるのである。夏の日本海の朝の色位美しい海の色は其の後見たことがない。油絵具のウルトラマリンを生のままで力強く塗つたやうな濃い色彩である。もつとも色の濃さからいへば、印度洋の航海の間には随分濃い海の色も見た筈であるが、真白な砂丘の向ふに見える真夏の日本海の色のやうな印象は残つてゐない。