とかげ
本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
夏の静まり返った庭で、数多のとかげが砂利の上を這い回る光景を眺める語り手は、ふとした衝動から一本の尾を棒切れで切り落とす。切断された尾が独りでに動く奇妙な様子を目の当たりにし、かつて抱いていたとかげの再生に関する迷信を回想する。尾を失い、不器用に歩くとかげの姿に自責の念を覚えつつも、翌日には再び庭に集うそれらを眺め、語り手は自身の内に芽生えた良心と向き合いながら、無邪気な命の営みを静かに見守る。
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わたしの今住んでいるところは、川原につづいた貸家で庭には樹も草もない。眩しい日かげに打たれた砂利ばかりである。だから滅多に庭へは出ない。ただよくとかげが這うている。飴色の肌をしているのと、虹のような色をしているのとが、まぶしい日光の中を這い出しながら、低い蚊や蠅の飛ぶのを見ている。――暑い日には少しばかりの雑草のかげから、三角形の口を少し上向きにして、凝然として何かを狙っている。が、別に蚊も蠅も飛んでいるわけではない。かれは唯待ち伏せをしているだけである。ちょっとした物音にも直ぐ頭を曲げて物音のする方へ向ける。……眼も一しょに動く。あぶらのように柔らかいからだが砂利の間にたらりと零れると、すぐ這い出して行くのである。そしては又立ち停って眩しい夏の日光の中にうずくまっている。
わたしは始め二三疋くらいだろうと思っていたが、ところどころの石垣の間から出るのを交ぜると十疋くらいは居ると思った。かれらは二疋ずつ追いかけ合ったりして、庭先きの森閑とした昼過ぎに、寂しい忌み嫌いされるその姿を現わした。わたしは五六寸もあるかれらの奇体な原始的な姿を庭の内に見出すことが、何となく可愛らしく思われた。手と足で砂利の上を這うている頓馬で其の癖素早い姿が、木彫か何かの古くさいもののように珍らしかったからである。
明るい日光というものは、また夏の午後過ぎというものは余りに明るすぎて、しんとして物寂しいものである。深夜などと違った物静かさで、かげなども極く短い真昼には、心をしずめていると何か啜り泣きをしているように思われるくらいだ。人間はそんなときに睡たくなるものだ。人間が睡たくなるというのは、よくよく考えると日光が真上に赫いて樹のかげが縮まっているような姿に似ている。――そんなときに、わたしはまた明るい暑い庭さきに立って何か考えている。そして眼の前にはとかげが三四疋這うていて、あぶらのように美しい肌を白い砂利の間に跼ませている。何の音もない!
「とかげの尾を切っておやりなさい。ぴくぴく動くやつを切っておやりなさい。」