抒情小曲集
本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
金沢の犀川のほとりに育った作者の、少年時代の純粋な感傷や情念を綴る抒情詩集。自然の移ろいに対する敏感な感覚や、郷愁、人間の哀しみと希望を透明感のあるリズムで表現する。北国での厳かな冬の記憶から、都での生活における孤独や葛藤まで、魂の震えを繊細な言葉で描き出す。「抒情詩信条」を掲げ、詩作を永遠の宗教と位置づけながら、少年時代特有の澄んだ精神を保存することを目指し、読む者に真摯な感情を移植する美しき小曲集である。
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序曲
芽がつつ立つ
ナイフのやうな芽が
たつた一本
すつきりと蒼空につつ立つ
抒情詩の精神には音楽が有つ微妙な恍惚と情熱とがこもつてゐて人心に囁く。よい音楽をきいたあとの何者にも経験されない優和と嘆賞との瞬間。ただちに自己を善良なる人間の特質に導くところの愛。誰もみな善い美しいものを見たときに自分もまた善くならなければならないと考へる貴重な反省。最も秀れた精神に根ざしたものは人心の内奥から涙を誘ひ洗ひ清めるのである。
いとけなかりし日のおもひでに
室生君。 時は過ぎた。『抒情小曲集』出版の通知を受取つて、私は、今更ながら過ぎ去つた日の若い君の姿が思ひ出される。初めて会つた頃の君は寂しさうであつた、苦しさうであつた、悲しさうであつた。初めて君の詩に接した時、私はその声の清清しさに、初めて湧きいでた同じ泉の水の鮮かさと歓ばしさとを痛切に感じた。君はまた自然の儘で、稚い、それでも銀の柔毛を持つた栗の若葉のやうに真純な、感傷家であつた。それは強い特殊の真実と自信と正確さを持つた若葉だ。その栗の木は日を追うて完全な樹木の姿となつた。日を追うて君自身本然の愛と啼泣と情念の発露とが激しくなつた。かう云つては悪いかも知れぬが、私は『愛の詩集』よりも此の『抒情小曲集』に、より深い純正を感じ愛着を感じ、追憶の快味をも感ずる。而して君の是等の小曲を初めて発見して少からぬ驚異にうたれた既往の私自身の姿さへ思ひ出す。君も私も既に華華しかつた青春は過ぎて了つた。憶ふと今昔の感に堪へぬ。
改めて云ふ。今度の小曲集こそ私の待ちに待つたものであつた。私は真に君の歓びを自分の歓びとして一日も早くその上梓の日を鶴首して待つ。
願くばわが室生犀星に再び光栄あれ。
八月十四日小田原にて 北原白秋
抒情詩信条