(ポオル・モオランの「タンドル・ストック」)
本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
軽井沢の滞在中に偶然手にした園芸書から、著者はポオル・モオランの短篇集「タンドル・ストック」の題名に対し独自の解釈を抱く。本書の由来を巡る考察から、序文を寄せたマルセル・プルウストによるスタイル論の展開、さらにかつてプルウストの才能を評したアナトオル・フランスとの時代の推移を軸に、世代を超えた文学的交流と老いゆく時代の孤独を綴る。
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堀口大學氏が「三人女」と云ふ題名で譯されてゐるポオル・モオランの短篇集の原名は Tendres Stocks と云ふのである。三人の女のことを描き分けたものだから「三人女」と云ふ題もなかなか惡くないが、私はこの「タンドル・ストック」と云ふ題には何かもつと洒落れた意味があるのではないかと思つてゐた。
ところがこの夏、私が輕井澤に行つてゐた時のことである。とりかかつてゐた仕事もやつとすんだので、私はほつと一息つきながら、ホテルの應接間へ何か輕い讀物はないかしらと探しに行つた。そのとき私の眼についたのは前田曙山の「草花の栽培」といふ本であつた。私はそれを手にして、そこの肱掛椅子に腰を下ろしながら、讀んでみるとそれは思つたよりも面白かつた。
そのうちに「あらせいとう」といふ章があつた。この西洋の詩によく出てくる草花のことを俗に Stock と呼んでゐると云ふ。そしてこの一種に Sweet Stock(にほひあらせいとう)といふのがあるさうである。……ここまで來ると、この Sweet Stock といふ名前が私の頭のなかで閃いた。これを佛蘭西語に直すと、ひよつとしたら Tendre Stock になりはしないかしら? するとポオル・モオランの短篇集の題は「にほひあらせいとう」と譯されなくつちやならん。……
丁度そこへ佐藤朔と阿此留信が遊びに來たので、私は兩君にラフィンズ・サイダアを御馳走しながら、だしぬけにかう云つたものだ。「ポオル・モオランに『タンドル・ストック』と云ふのがあるね、あれ、君、どういふ意味だかわかる?」
流石の兩君も、だしぬけに私にかう訊かれると、いささか自信のなささうな顏をしながら私の方を見た。
私はすこし得意になりながら、私のいましたばかりの小さな發見を話した。「だからね、『タンドル・ストック』は『にほひあらせいとう』さ。……こいつばかりは堀口さんも知るまいなあ。……」
私は早速、このチャアミングな發見を神西清に手紙で書いてやつた。
すると二三日後、彼から端書が來た。