耳香水
本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
支那に滞在中のS夫人が、有閑夫人の集まりで、かつて現地で起きた殺人事件と自身の体験を語る。美人で評判の良かったK夫人の惨殺事件、その裏で暗躍した殺人鬼「鼠色の男」、そして自身が遭遇した謎めいた女給や失踪した香水のエピソードを軸に、K夫人と関係する人々の素性や不可解な出来事が絡み合い、事件の真相と「鼠色の男」の正体を巡る謎を追う構成となっている。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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五六人の有閑夫人からなりたった『猟奇と戦慄を求むるの会』にS夫人が招かれた。
「世間に発表されていない、面白いお話を一つ願います」
幹事のA夫人の言葉につづいて、
「平凡でなく、奇抜なところをどうぞ――」
「息づまるようなお話がうかがいたいのよ」
「偽りのない、ありのままのがいいのね」
「実際にあったことでなくっちゃあ刺戟がないわ」といろいろな注文が続出する。
S夫人は笑いながら卓上の紅茶に唇を潤し、奥様方の顔をひとわたり見廻してから、低い静かな声で話し始めた。
「私がある事件で支那に行っていた時のお話なんですが――。
ある大会社の支店長K氏の夫人が、自宅の玄関で、何者にか惨殺されていたという事件は、皆さんもまだ記憶していらっしゃいましょう。美人で、賢夫人で、熱心なクリスト教信者で、まことに評判のよかった奥様であっただけ、あちらではもう一時はその噂で持ちきりでございました。
その頃、鼠色の男と名づけられた殺人鬼が頻りに世間を騒がせて居りました。が、誰もその男の正体を見たものはないんです。恰度先年東京でも説教強盗が盛んに荒し廻っていたことがありましたね。そしてなかなか捕らず、段々大評判になってくると方々に何々強盗というようなものが出現れてきて、随分騒ぎましたね。人情はどこも同じだとみえて故意か偶然か、一時にあっちにもこっちにも殺人が行われて、市中はさながら戦慄の都と化してしまっていました。白昼カフェで女給が殺された。昨夜もダンスホールでダンサーが踊りながら、相手の男に心臓を突き刺されて絶命した。富豪の邸宅に強盗が入って夫人がピストルで撃れた。殺される相手はいつでも定って女です。