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TORENDIA

芸術的な書と非芸術的な書

本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

いかなる書が真に芸術的であるかを問う本稿は、精神の入神の技のみが芸術を生むと説く。理知的な技術や形式に留まるものは職工的であり、俗念を離れた人間悟道による自美の表現こそが芸術の根幹をなすとする。また、他者の心を知る心眼の重要性を説き、書を学ぶ際には師匠の模倣や写しから入るのではなく、法帖などの原本から直接学ぶことの必要性を論じる。さらに、作者の人格や個性が一点一線に現れる書の本質について自身の考えを綴る。

北大路魯山人

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いかなる書を芸術といい、いかなる書を非芸術というか。

少しばかり日頃の一家言といったようなものをお話させていただきます。

今日は私の考えとして文字というものも当然芸術だと思っておるのであります。それについて少し話してみたいと思います。

いわゆる能書というのはよい美を具備しているがゆえに、生命をもって光っているものであります。従って芸術的の生命があるというものでございます。昔に溯りますと、有名な書というものは、いずれも芸術的であります。また稀には有名な書の中にも、芸術的でないものもあるのであります。そこで、そういう区別はどういうところで判断するかということになりますが、さてどういうのが芸術的であり、どういう書が芸術的でないのか、そういう点を一応知って置く必要があると思います。

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