本所松坂町
本文約27,400字 ・ 読了時間 約55分
あらすじ(AIが作成しました)
愛知県幡豆郡横須賀村、通称「吉良郷」で領主として慕われた吉良上野介。その人徳を慕う領民の心情と、歴史的事件を経てなお郷土の誇りとして受け継がれる吉良への思いを描く。芝居や講談で描かれる悪役としての虚像に対し、史実や伝承を辿りながら、郷土の人々が抱き続けてきた複雑な感情と、吉良という人物に対する愛着や矜持を浮き彫りにする。
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吉良の殿様よい殿様
赤いお馬の見廻りも
浪士にうたれてそれからは
仕様がないではないかいな、――
巷間に流布されている俗謡は吉良郷民の心理を諷したものであろう。まったく仕様がない。メイファーズである。人間万事塞翁が馬、――何が起るか見当もつかないところに人間の宿命があるのであろう。終りよければすべてよしというのはシェークスピアの戯曲であるが、家庭を愛し、隣人に慕われ、善行という善行のかぎりをつくし、人生の行路ようやく終りに近づこうとするに及んで、運命がだしぬけに逆転する。
もし、私の郷里の殿様である吉良上野が元禄十三年の秋、中風か何かで死んでいたとしたら、終戦後、戦争に関係のある英雄豪傑がことごとく抹殺された今日の歴史教科書の中においては追放をうけない史上の人物として、メモランダムケースによる「好ましからざる人物」の折紙をつけられる筈もなく、名君吉良上野の令名は日本全国を風靡していたであろう。
まったく惜しいことをしたものである。幸不幸、運不運のわかれ目は間一髪、しまったと思ったときはもうおそい。因果応報なぞというのは嘘の皮である。
私の郷里は正確にいうと愛知県幡豆郡横須賀村であるが通称「吉良郷」と呼ばれ、後年この土地に任侠の気風が汪然として沸ぎりたったのも、彼等が尊敬措く能わざる領主、吉良上野に対する愛情の思い止みがたきものに端を発しているといえないこともない。いやいえないどころか、世を怨み、運命に憤る庶民の感情は三百年間、大地に沁みとおる水のごとく綿々として今につづいているのである。
もし嘘だと思ったら「吉良郷」まで行ってごらんになるといい。諸君がもし足一歩、横須賀村へ入って吉良上野の悪口を一言半句でも囁いたら、どんな結果を生ずるか、私(作者)といえども軽々しく保証のかぎりではない。
村には「吉良史蹟保存会」というものがあって、名君行状の数々は余すところなく調査しつくされているが、「保存会」から刊行しているパンフレットの中にある年譜にも次のような一節が書き加えられている。